啐啄 10

 フェリックスが黒色槍騎兵艦隊の遠征の司令官代理に任命されたその日から、彼は自宅に戻る事が出来ない状態になってしまった。ビッテンフェルトの元帥府で缶詰状態となったフェリックスは、にわか教官となった幕僚達から遠征についての様々な事を叩き込まれていた。
 艦隊勤務の経験が無いとはいえ論理的知識では優秀なフェリックスのことである。幕僚達が教える事は次々に習得していった。このフェリックスの教えがいのある反応に、幕僚達も力が入った。しかし普通の艦隊ならまだしも、理論通りに行かないのが黒色槍騎兵艦隊なのである。常識では考えられないような習慣が艦隊では普通に行われていることに、フェリックスは頭を抱える事も多かった。
 艦隊遠征の司令官の経験は、フェリックスにとっては確かにチャンスである。しかし将来アレクの片腕となるフェリックスに、黒色槍騎兵艦隊の変な癖が付くかも知れないと、一抹の不安を抱いていたのはミュラーだけではなかった。
 軍務から離れ国務尚書となったフェリックスの父親であるミッターマイヤーも、息子の性格と黒色槍騎兵艦隊の性質の違いに、(上手く息が合うだろうか?)と多少の不安を抱いていた。だが、逆に馴染みすぎてしまう事も気がかりであった。
 そんな二人の心配をよそに、フェリックスはビッテンフェルトの元帥府で、遠征の出立直前まで幕僚達相手に悪戦苦闘していたのである。

  

 フェリックスが黒色槍騎兵艦隊の幕僚達と過ごしていた頃、アレクはビッテンフェルトの怪我の本当の原因を、ミュラーの報告から知った。しかも、マリーカやフェリックスが別荘を訪れたその日に起きた出来事に、ショックを隠せずにいた。
 黙り込むアレクに、ミュラーが進言する。
「陛下のお気持ちも判りますが、今はヨゼフィーネを父親のビッテンフェルト提督に任せて、こちらはそっとしておくの一番良い方法のように思われます。ヘタに陛下側が動けば、事が露見してしまう可能性があります。しかし、この件はまだ公表できる段階ではありません!」
 この頃、ヨゼフィーネがアレクの子を身籠もっているという事実を知っているのはごく少数であった。出来るだけ周囲に知られずに出産を迎えさせたいというビッテンフェルトの気持ちがよく判っているだけに、ミュラーとしても極秘事項として細心の注意を払っていた。
 ミッターマイヤーやケスラーなども、フェリックスやマリーカから聞いたのか、或いは一連のビッテンフェルトの様子から何かあったと察したのかある程度知っていたようだったが、ミュラーに対してその件について触れることはなかった。
 産まれたときから見守ってきたヨゼフィーネの繊細な性格を、ミュラーはよく知っている。それだけに、彼女のプレッシャーになるものは取り除き、安心出来る環境を与えたいと考えていた。それ故ミュラーは、ヨゼフィーネの気持ちも考え、アレクには見守るだけに留めて欲しいと願った。
 アレクは、ヨゼフィーネに対して自分が出来る限りの配慮をしたいと心から望んでいた。だがミュラーの助言を受け入れて、取りあえずヨゼフィーネの出産まではビッテンフェルト家に全てを任せ、自分は静観するという方向を示した。しかし、赤ん坊が産まれてからのことは、アレク自身ですら予想出来ずにいた。



 ビッテンフェルトがヨゼフィーネと共に別荘で静養して数週間が過ぎたある日、ルイーゼがハルツにやって来た。ルイーゼの心配事の一つである息子のヨーゼフ坊やの手術が無事成功した報告と、気になっていた妹と父親の様子を見に来たのである。
 息子の手術後の状態を嬉しそうに報告するルイーゼに、ビッテンフェルトを始めヨゼフィーネもエリスも大喜びしていた。孫のヨーゼフ坊やの事を心配していたビッテンフェルトは(ずっとヨーゼフ坊やから離れられずにいた母親のルイーゼが、ここまで来たこと事態、彼の状態が良い証拠なのだろう)と、胸を撫で下ろしていた。
 数日別荘に滞在するというルイーゼに、エリスはヨゼフィーネを任せた。そして、久しぶりにフェザーンに戻ったエリスだが、自宅に帰らずそのままケスラー宅に足を運んでいた。



 ケスラー夫人のマリーカとエリスは同じ元帥夫人でもあり、年も近いことからずっと親しくしていた。長年親友同志という付き合いから、お互いの気持ちが手に取るように判っている。
 マリーカがハルツの別荘に来たときエリスを心配していたように、エリスもビッテンフェルトの怪我の元となった出来事を知ったマリーカを心配していた。
 案の定、(自分の行動が、ヨゼフィーネの動揺を招いてしまった・・・)と責任を感じていたマリーカは、エリスに逢うなり早々に詫び始めた。
「私がヨゼフィーネの気持ちも考えずにあのような事を提案した為、彼女を追いつめてしまった。一歩間違えば、取り返しの付かない結果になっていたかと思うと私は・・・」
「マリーカ、その事はもう気にしないで・・・。フィーネは妊娠に気が付いてから、ずっと神経質になっていたのです。胃を病んで血を吐くほどまでに・・・。別荘で静養していても、私はあの子からずっと目が離せない状態だったの。だから、あなた達に逢わなくても、フィーネはあのような事態を引き起こしていたでしょう・・・」
 エリスの言葉にマリーカは首を振った。
「・・・私は軽率だった。しかも<酔っていたとはいえ、陛下に限って女性と無理に関係を持つとは思えない・・・>という気持ちが何処かにあったのです。でもあの日、ヨゼフィーネがあのように陛下を激しく拒絶する姿を見て、私は彼女にとって陛下との事がどんなに辛い出来事だったのか、初めて思い知ったのです。私は陛下の事ばかり考えて、ヨゼフィーネに対する思いやりに欠けていました」
「マリーカ、あなたは普段の陛下をよく知っているし、立場上そう考えるのも仕方ないでしょう・・・。どうかそんなに自分を責めないで・・・」
「いいえ、私は同じ女性としても自分が許せないのです。とても傷ついているヨゼフィーネを、更に追いつめるような事をしてしまったことに・・・」
 エリスはマリーカの負担を取り除くように、今の状況を説明した。
「今、フィーネはビッテンフェルト提督と一緒に別荘で静養しているのですけれど、父親がいることで彼女の表情は見違えるように明るくなってきました。ビッテンフェルト提督の怪我は災難でした。しかし、結果的に考えればフィーネの為には良かったと私は思っています」
 エリスはにっこりと笑ってマリーカを見つめた。マリーカはエリスのその笑顔に吊られて、つい相談していた。
「でも、これからのことを考えると・・・。ヨゼフィーネを傷つけず、陛下も悩まずに済むような方法があれば良いのですが・・・」
「確かにフィーネの将来の事を考えると、彼女の陛下に対する拒絶反応はとても心配です。しかし、この感情を解決するには時間が必要でしょう。今は、フィーネが安心して出産を迎えられる事を一番に考えましょう」
「その通りね。・・・エリス、出来れば私に、これからのヨゼフィーネの状態を詳しく教えて欲しいのです。陛下も皇妃も表だっての行動は控えていますけれど、ヨゼフィーネの事はとても心配しておられます」
 アレクは、自分の子を身籠もっているヨゼフィーネの為に何かしてやりたいと切実に願っていた。しかし、何もしてやれない今の状態に焦ってもいた。そんなアレクの為に、マリーカはせめてヨゼフィーネの状態だけでも知らせてやりたいと考えたのだ。
「ええ、フィーネの情報は出来るだけ伝えます。あなたから陛下に知らせてあげてください」
「エリス、ありがとう。・・・それと、陛下も皇妃も<ヨゼフィーネを王室に迎えたい>という希望を持っています。是非、この事を心に留めておいて欲しいのですが・・・」
「それはよく判っているつもりです。でも、フィーネの将来のことは、私にはまだ判らない。只、両陛下のお気持ちは、父親のビッテンフェルト提督には伝えておきましょう」
 エリスの様子から(まだヨゼフィーネには、陛下のことは話せない状態なのだ・・・)と察したマリーカは、少し寂しそうな顔を見せた。そんなマリーカを励ますように、エリスは明るい調子で伝えた。
「今のところフィーネは母子ともに順調だし、ビッテンフェルト提督の怪我の回復も進んでいる。心配しないで!只、フィーネもビッテンフェルト提督も、何故だかお腹の赤ちゃんは男の子だと思い込んでいるの」
 エリスが、今のヨゼフィーネの様子をマリーカに知らせる。
「あら、性別が判ったの?」
「いいえ、まだよ。それに主治医のライナー先生は、『産まれてからのお楽しみ~』と言って胎児の性別を教えない主義なの。だから、私もルイーゼも、この二人の思い込みを不思議に思っているんだけれど・・・」
「何だか楽しそうね・・・」
「ええ、フィーネは随分落ち着いたわ。だから、あなたも安心して!」
 エリスの言葉に、マリーカはほっとしたように頷いていた。



 ヨゼフィーネの主治医であるライナーは、亡きアマンダの主治医でもあり、ヨゼフィーネをとりあげた人物でもある。偶然にも、このハルツの麓の町の病院に勤務していた。ビッテンフェルトはこの信頼できるライナーに、ヨゼフィーネの事を頼んだ。
 実はライナーにとってアマンダとの出会いは、その後の医師しての生き方を変える程の大きな影響を与えていたのだ。アマンダを担当するまでのライナーは、患者側の言い分より病気を治す事を優先する医師であった。だが、アマンダの主治医となった経験が彼を変えた。
 幸せの価値観は患者それぞれで違うことを感じたライナーは、患者の希望を第一に聞き入れながら治療する医師になっていた。しかし、大病院の組織の中では、ライナーのような考えの医師はあまり必要とされなかった。それでライナーはフェザーンの病院を辞め、自分を受け入れてくれるこの町の病院に勤めていたのである。
 ビッテンフェルトはアマンダが信頼を寄せていたライナーが、この別荘に近いハルツの病院に勤めていたことに、運命的なものを感じていた。ヨゼフィーネはライナーを憶えていなかったが、ライナーはアマンダにくっついていた母親そっくりの小さな女の子をよく憶えていた。まだ幼さが残るヨゼフィーネの理由<わけ>ありの妊娠を、ライナーは何も問わず受け入れた。


 ヨゼフィーネにとってこのライナーを主治医に選んだ事は、予想以上に良い結果をもたらした。
 ヨゼフィーネは自分の産まれた経緯を知っているライナーに、当時の事を詳しく教えてもらう事ができた。ライナーは自分の記憶に残っている事やそのとき感じたことを、包み隠さず何でも話してくれた。ときにはアマンダの家出騒動の事まで話し、ヨゼフィーネは初めて聞く両親の話に目を輝かせていた。ライナー自身、アマンダのことは強い印象を残していたので、その思い出を語るのを楽しんでいた。彼が話す母親の思い出話を、ヨゼフィーネはいつも心待ちにしていた。
 こうしてヨゼフィーネは自分の誕生に纏わる話を聞いているうち、心の中にあった<父親に生まれることを否定された>という思い込みが少しずつ消えていったのである。元々この思い込みは、アマンダの病気と自分の出生の関係を詳しく知らない為に生じたちょっとした疑問から始まり、月日が経つうち大きく膨らんでしまったのだ。ビッテンフェルトがアマンダの病気の事を、『フィーネが負担に感じてしまうかも・・・』と考え、あまり話したがらなかった事も、誤解を更に大きくした要因の一つであった。
 こうしたこともあり、いつしかヨゼフィーネと主治医のライナーとの間には、アマンダのときと同じように強い信頼関係が生まれていた。


 そんなある日、ヨゼフィーネは往診に来たライナーにポツリと問いかけていた。
「ライナー先生は、お腹の子の父親のこと、聞かないのね・・・」
 何となく悲しげに見えたヨゼフィーネに、ライナーは諭すように話しかける。
「フィーネ、誰が赤ん坊の父親でも、いいじゃないか。確かなことは、お腹の子は君の子!フィーネは自分の子を産む。そして、それは誰にも変えられない・・・」
「お腹の子が私の子?」
「はは、どうしたんだい、フィーネ?お腹の子は、君が産むんだよ!」
 きょとんとした表情のヨゼフィーネに、ライナーは思わず笑っていた。確かに今までのヨゼフィーネは、お腹の子がローエングラム王朝の後継者という事ばかりを考えるあまり、自分の子を産むという当たり前の感覚が自覚できていなかった。そのとき、ヨゼフィーネは腹部に不思議な感覚を感じた。
「ライナー先生!赤ちゃんが動いている・・・」
 妊娠して初めて感じた胎動に、ヨゼフィーネが興奮気味に知らせる。
「お腹の子が、今の会話に反応したんだね。これからもたくさん話しかけてやるといいよ」
 ライナーに言われて、ヨゼフィーネが心の中でお腹の子に呼びかける。
『赤ちゃん、<私の子>と言われたのが嬉しかったの?』
 ヨゼフィーネは妊娠して以来、初めてお腹の子が愛おしいという母性愛を感じていた。



 怪我をしたビッテンフェルトが、別荘で静養するようになって二ヶ月が過ぎていた。ビッテンフェルトの腕の傷も大分癒え、後は骨折した足の回復を待つばかりであった。杖の扱いにも慣れたビッテンフェルトは、ヨゼフィーネと一緒の散歩を楽しむようになっていた。景色のよい山道をゆっくり歩くのは、ビッテンフェルトの怪我のリハビリにも、お腹の大きさが目立って来たヨゼフィーネの気分転換にも丁度良い日課であった。
 その散歩の最中に、ビッテンフェルトはミュラーから聞いたアレクの意向を、ヨゼフィーネに伝えた。
「陛下はミュラーに、『子どもを産んだ後の事は、ヨゼフィーネの希望に添うように・・・・』と命令したそうだ。・・・本来ならば皇帝として、お前と産まれた赤ん坊を王宮に迎えたいところなのだろうが・・・」
 このアレクの命令は、彼のヨゼフィーネに対する精一杯の贖罪の気持ちを示しているのだろう。皇帝の彼は、ビッテンフェルトに娘のヨゼフィーネを王宮に差し出すことを要求出来る立場なのである。アレクにとっても、ヨゼフィーネのお腹の子は大事な我が子で、そして待ち望んでいた自分の後継者でもある。
 ビッテンフェルトがアレクの事を言い出した途端、ヨゼフィーネは顔色を変えてしまった。
「そんな顔をするなよ。また胃が悪化するぞ」
 ビッテンフェルトは娘の表情から、まだ心の傷が癒えていない事を感じていた。
「・・・王宮に行くのは嫌か?」
 ビッテンフェルトの問いかけに、ヨゼフィーネが小さく頷いた。
「フィーネ、悲しい事だが酒は人を変えてしまう事が多い。ただ、陛下はお前を傷つけたことは、とても悔いておられる。その事だけは判って欲しい・・・」
「・・・父上は、どうするべきだと思うの?」
「俺も陛下同様に、お前の希望を第一に考えている。だから、お前が望まない方向には進まないよ。それに、この子が皇帝の唯一の後継者と決まった訳でもない。皇妃に再び御子が出来る可能性だってあるだろうし・・・」
「そうよね・・・」
 皇妃マリアンヌは初めて身籠もった子を流産してしまった。しかし、それだけに再び妊娠する可能性はあると周囲は期待していた。年齢的な問題は多少あるかも知れないが、望みがないという訳ではない。ビッテンフェルトは、ずっとマリアンヌの懐妊を願っていた。特に、思いがけずにヨゼフィーネがアレクの子を身籠もってからは、更に強くそれを望んだ。
 マリアンヌに世継ぎが産まれれば、ヨゼフィーネの負担はかなり減るし、将来取るべき道も違ってくると、ビッテンフェルトは考えていた。
「あのな、フィーネ。ルイーゼ達がフィーネさえ良ければ、生まれた子をテオやヨーゼフ坊やと一緒に育てたいと言ってきている。でも、フィーネが手元で育てたいと言うなら、俺の子としてビッテンフェルト家で育てるという選択もある。世間的にはフィーネの弟という事になるがな・・・」
「父上の子として・・・?」
 ビッテンフェルトの思いがけない提案に、ヨゼフィーネが驚いた。
 皇帝の血を引く皇子を家臣が里親となって育てるというのは、歴史が浅いローエングラム王朝ではまだなかった。しかし、以前のゴールデンバウム王朝では珍しい事ではなかった。後室の権力争いや後継者争いから逃れるために、皇子の身の安全を考え、産まれてすぐ王室から離し、成人後に正式に披露するといった前例は確かにあった。ときにはそのように育てられた子が、王位についたケースさえある。
 今の王室で、ヨゼフィーネや産んだ子に身の危険などがあるはずもない。むしろ、皇帝夫妻は温かくヨゼフィーネに接してくれるだろう。だが、ビッテンフェルトはヨゼフィーネの気持ちを大事にしたかった。
 この頃のビッテンフェルトには、アマンダが亡くなった頃の私情を乗り越えて軍務を務めるという強さは感じられなかった。これが年を取ったということなのかも知れない。今のビッテンフェルトは、アレクを拒絶するヨゼフィーネの事が心配であった。そして、まだ恋も知らず、華やかな青春も過ごせず王宮で生活する事になるかも知れない娘の身を思うと、不憫が先に立った。
 <産まれた子を、自分の子として育てる>という父親の考えに、ヨゼフィーネは言葉が出なかった。実のところヨゼフィーネは、初めて胎動を感じて以来、日に日にお腹の赤ん坊に対する愛情が深まっていた。(このまま、別荘で人知れずひっそりと育てたい!)という想いが頭をかすめることもあった。だが、現実を見ればそれは叶わぬ夢である。ヨゼフィーネはそんな自分の願いを、胸の奥深くにしまい込んだつもりであった。それだけに動揺を隠せないヨゼフィーネである。ビッテンフェルトはそんな娘を見て、わざと戯けた調子で伝えた。
「な~に、俺に突然子どもが現れるのは、ルイーゼでみんな経験済みだ。そんなに驚かないさ!」
「えっ、姉さんって突然現れた子なの?」
 再びヨゼフィーネが驚いた。
「なんだお前、知らなかったのか?」
「うん・・・」
「産まれて半年経ってから、初めて俺の前に現れた」
「知らなかった・・・。でも、どうして?」
「あの頃、俺とアマンダはすれ違ってしまった。俺はアマンダが姿を消してから、自分の気持ちに初めて気が付いたんだ。それで、あいつを必死に捜したんだが、なかなか見つからなかった。もしかしたら故郷のオーディンに帰ってしまったのかも・・・と半分諦めかけた頃、ひょんな事からアマンダの居場所が判った。アマンダと久しぶりに再会したとき、初めてルイーゼの存在を知ったんだ。俺は、アマンダが妊娠していたことも、ルイーゼを産んだことも全然知らなかった」
「そうだったんだ・・・。父上、赤ちゃんだった姉さんに初めて逢ったとき、驚いたでしょう?」
「そりゃな・・・。実はアマンダは、この別荘でルイーゼを産んだんだ。その頃からこの別荘を随分気に入っていたらしい。ここから見る景色が、ルイーゼの良い胎教になったと言っていた事もあった。だからお前が産まれたとき、思い切ってこの別荘を買い取ったんだ」
「母上がこの別荘で姉さんを産んだ・・・」
「そうだ。この別荘の前の持ち主が、アマンダと少し縁がある人物だった」
「そう・・・。母上も今の私と同じように、ここで妊娠生活を過ごしていたのね」
 ヨゼフィーネは少し嬉しそうに呟いた。
「ああ、そういうことになる。・・・とにかく、お前にはいろいろな選択がある。だが今は何も考えず、自分の身体とお腹の赤ん坊の事だけに気を配ればいい!将来のことは、赤ん坊を産んでからじっくり考える事にしよう。焦ることはないさ!」
「うん・・・」
 ビッテンフェルトは少し考え込んでしまった娘の頭の上に手をやると、母親譲りのクリーム色の髪をくしゃくしゃにして(考え込むな!)と言わんばかりの素振りを見せた。
 ヨゼフィーネはそんな父親に、静かな笑いを見せて頷いた。

自分の意に反して
皇帝の血を受け継ぐ赤ん坊を身籠もった
母親となる事も不安だが
将来の事を考えるともっと怖くなる
でも、
みんなが私を守ろうとしている気持ちが伝わってくる

自分を追いつめていたときは、感じなかった
自分しか見えなかったときは、判らなかった
周囲がこんなに気遣ってくれていることに・・・

 ヨゼフィーネは、確かにまだナーバスになりがちである。しかし、周囲の温かさに包まれ、少しずつ気持ちに余裕が出てきたようであった。


<続く>