先帝のラインハルトが崩御したとき、ビッテンフェルトは同じように上官のオーベルシュタインを失ったアマンダと一夜を共に過ごした。そのときはまだ恋人同士とは言えない二人だったが、心の隙間を埋め合うようにお互いを求めた。
元々ハイネセンでの出来事以来、ビッテンフェルトの心の片隅に、アマンダの存在は引っ掛かっていた。しかし、オーベルシュタインと必要以上の関りを持ちたくなかったビッテンフェルトは、彼の秘書官であったアマンダの存在を意図的にスルーしていたのだ。だからこそ、そのオーベルシュタインが亡くなった事で、彼の無意識の底に沈めていた感情が表面に浮かび上がったのである。
アマンダの存在を意識したビッテンフェルトは、どうにも気になり感情を抑えられなくなった。そして彼は、<思い立ったら即行動!>の信念のまま、彼女の住んでる官舎に足を運んだ。
ハイネセン以降全く接触がなかったビッテンフェルトが突然現れた訳だが、アマンダは意外にも彼をすんなりと部屋に招き入れた。
二人は一緒に酒を飲み交わし、そして一夜を共に過ごして男と女の関係になった。
一夜を共にしたことで、ビッテンフェルトの心の中でアマンダの存在は更に大きくなっていた。
「また来る!」とアマンダに宣言したビッテンフェルトだったが、新皇帝アレクの即位や皇太后ヒルダを中心にした新体制の確立と混乱の中、元帥である彼は忙しい日々が続いていた。彼はアマンダの事が気になりながらも、なかなか逢いに行く事が出来なかった。
ようやく時間がとれたビッテンフェルトがアマンダの官舎に足を運んだときには、もう彼女はそこにはいなかった。
ビッテンフェルトはアマンダの行方を必死に捜したが、彼女は意図的に姿を消したように、足取りを全く残していなかった。
なんの手がかりもなく雲を掴むような状態の中、ビッテンフェルトは(あいつは二度と、俺の前に現れてくれないのかも・・・)と諦めかけていた。
月日は流れ、誰の導きかは判らぬが偶然意外な場所でアマンダと再会したフェルナーが、彼女の住んでいる所を突き止めてビッテンフェルトに教えてくれた。
アマンダの居場所を知ったビッテンフェルトは、一目散でその場所に駆け付けたのである。
「フェルナーのメモにある住所によると、あいつの家はこの辺りだな・・・」
それらしい建物を見つけたビッテンフェルトが、郵便受けのベーレンスという名を確認する。
「ここだな・・・」
玄関先で大きな深呼吸をしたビッテンフェルトが、ドアの呼び鈴を押す。
一度目は反応が感じられなかった。
(いないのか?それとも・・・)
再び呼び鈴を鳴らすと、アマンダの声が聞こえた。
(いた!)
すかさずビッテンフェルトが呼びかける。
「お、俺だ!ビ、ビッテンフェルトだ」
緊張して顔が引きつっているビッテンフェルトが、その場で少しばかり待つ。しかし、ドアの開く気配がない。
(ダメか・・・)
ビッテンフェルトが肩を落とし溜息をついたとき、ドアが開いた。
赤ん坊を抱いたアマンダが、ビッテンフェルトの目の前に現れる。その母子の姿に、ビッテンフェルトは固まったまま、言葉を失っていた。
アマンダ!
抱いている赤ん坊はなんだ?
髪の色、瞳の色は、俺と同じ・・・
もしかしてお前・・
俺の子なのか?
いや、俺の子に違いない!
何か言わなきゃ、
何か・・・
あぁ、言葉が出てこない
頭の中が真っ白になったビッテンフェルトが、呆然とその場に佇む。アマンダも黙ったまま立ち竦んでいる。そんな二人の耳に、赤ん坊の鈴の鳴るような可愛らしい笑い声が聞こえた。
その声に後押しされたように、ビッテンフェルトが赤ん坊ごとアマンダを抱きしめた。
「捕まえた!」
ビッテンフェルトから一言だけ言葉が出た。
アマンダはそのまま動かさず、その身をビッテンフェルトに委ねている。
動かぬ二人の間に挟まっている赤ん坊だけが、顔を左右に動かし、ビッテンフェルトとアマンダの顔を交互に見つめていた。
アマンダの家に通されたビッテンフェルトが、部屋を見渡す。僅かな家財道具に、ベビーベットとベビーチェア。慎ましやかと思われる母と子の生活ぶりにビッテンフェルトが考え込む。
「いま、お茶を用意しますので、少しお待ちください・・・」
アマンダは抱いているルイーゼをベビーベットに寝かせると、その小さな手にウサギのぬいぐるみを持たせた。
「チョット、待っててね!」と赤ん坊に話しかけ、キッチンに向かう。
その様子を見ていたビッテンフェルトが驚き、思わずアマンダの後ろ姿を目で追っていた。
今、あいつ、赤ん坊に笑いかけた?
目の錯覚じゃないよな・・・
初めて見るアマンダの笑顔に、ビッテンフェルトは思わず自分の目を疑った。
あいつは母親になって変わったのか・・・
もう一度
今度はちゃんと正面から
あいつの笑った顔が見てみたい・・・
そんなふうに考えていたビッテンフェルトの耳に赤ん坊の機嫌のよい声が聞こえ、彼の視線はベビーベットに向けられた。赤ん坊は、ウサギの耳を手にもって振り回して遊んでいた。ベビーベットの中の赤ん坊を間近で見たくなったビッテンフェルトが立ち上がった途端、アマンダがお茶を運んできた。
慌てて座りなおしたビッテンフェルトの前に、アマンダはお茶をさし出し、向き合うように座る。
最初に口を開いたのは、アマンダの方だった。
「閣下は、どうして此処がお判りになりましたか?」
「実はその~、フェルナーから聞いたんだ。あいつが、昼メシを食べていた俺の前に顔を出し、お前を見かけたって言いだしたから・・・。だから、居場所を教えて貰ってすっ飛んできた!」
「そうでしたか・・・。フェルナーは今、何をしているのですか?」
アマンダがフェルナーの近況を尋ねる。
「なんだお前、知らなかったのか?奴は、今、興信所をやっているんだ」
「なるほど・・・」
アマンダが合点がいったように頷いた。
「フェルナーとは、退役して以来ずっと逢っていませんでした。只、昨日、オーベルシュタイン閣下のお墓の前で、偶然彼を見かけましたが・・・」
そのときにフェルナーに尾行されたことを、アマンダもビッテンフェルトも察する。
「あいつ、お前の事を知らせる為、俺に逢いに来たと思うが・・・」
アマンダの住所を記したメモを準備して、ビッテンフェルトやミュラーの前で煽るように昔の同僚の事を話題にしたフェルナーの真意を、ビッテンフェルトが伝える。
「多分、この子を見たからですね・・・」
「この子・・・俺の子だな?」
「そう思いますか?」
アマンダの問い掛けに、ビッテンフェルトがきっぱりと答える。
「当たり前だろう!この顔、この髪の色、誰が見たって、俺の子だってすぐ判る!フェルナーだってそう思ったから、わざわざお前の居場所を教える為に、俺の前に現れたんだろう」
「でしょうね・・・」
アマンダが頷く。
「しかし、この子が俺にそっくりに生まれて来てくれて良かった~。そうでなかったら、お前とはこうして逢えなかったかも・・・」
「ええ、そうかも知れません」
アマンダの即答に、ビッテンフェルトは<ギクッ>と引きつった表情になる。そして、彼はアマンダにおずおずと尋ねる。
「もしかしてお前、フェルナーに対して<余計な事をしやがって・・・>とか思っていないか?」
「・・・」
アマンダが無表情のまま、黙っている。
妙な沈黙の中で、自信がなくなったビッテンフェルトが考え込んでしまった。
わからん・・・
こいつの考えている事が読めない・・・
さっき、玄関先で抱きしめたときは
<手ごたえあり!>と感じたんだが・・・
あれは俺の勘違いか?
それとも
「捕まえた!」というセリフがマズかったのか?
もうちょっと気の利いた言葉を言えばよかった・・・
息苦しい沈黙に耐え切れなくなったビッテンフェルトが、アマンダに問いかける。
「お前、なんで引っ越し先、俺に教えなかったんだ?」
ビッテンフェルトの問いかけに、アマンダは彼の目を見て伝えた。
「ビッテンフェルト元帥が、一度抱いた女性達の消息に、いちいち関心を持たれるタイプとも思えませんが・・・」
「!」
ビッテンフェルトは言葉に詰まった。一瞬、表情を歪めたビッテンフェルトを見て、アマンダが謝る。
「すみません閣下、こんな言い方をして・・・」
「いや、確かにそうだ!俺は女には執着しないし、いちいち憶えてもいない。だから、お前が、一夜だけの関係と思ってしまったのも判る。でも、俺はお前を探していたんだ・・・」
「なぜですか?」
アマンダが問いかける。
「はあ!?判らんのか?俺はあのとき・・・お前の部屋を出るとき、『また来る!』って言っただろう!」
興奮したビッテンフェルトが、思わず大声で怒鳴った。その途端、ベビーベットの中で一人遊びをしていた赤ん坊がビクンと驚き、顔をしかめさせるとみるみる泣き出した。
「スマン!スマン!お前を怒ったんじゃない!!」
オロオロと狼狽えて赤ん坊に謝るビッテンフェルトに、アマンダが「大丈夫ですから・・・」と言って立ち上がり娘を抱きかかえてあやし始める。
そんなアマンダを見つめながら、ビッテンフェルトは声のトーンを落として告げる。
「その~、俺はあの夜から、いやハイネセンでお前を殴ってしまったときから、お前の事が気になっていたんだ!いや、気に入ったかな!う~ん、少し違うな・・・。こういうのって、なんて言えばいいんだろう・・・」
素直に<好きになった>と言えず、自分の感情を伝える言葉も見つからず焦るビッテンフェルトであった。
泣き止んだ赤ん坊を抱いたアマンダが、再びビッテンフェルトの前に座った。その途端、娘と視線がかち合ってしまったビッテンフェルトは、汚名挽回とばかりに白い歯を見せて思いっきりの笑顔をルイーゼに見せる。
アマンダはその不自然な笑い顔に驚くが、赤ん坊はビッテンフェルトの笑った顔につられてか、潤んだ瞳が笑顔に戻って、父親をほっとさせた。
そこで二人の会話は、目の前の赤ん坊の事になる。
「ところで、この子はいつ生まれたんだ?」
「今、生後六か月です」
「お前、一人で産んで育てているのか?」
「ええ・・・」
「女の子だよな?名前は?」
「ルイーゼと言います。ルイーゼ・ベーレンス・・・」
ビッテンフェルトが、はっとなった。自分の子なのに自分と違う名字に心が痛んだ。仕方ないとはいえ、目の前の我が子に、<一刻も早く自分と同じ名前を名乗らせたい!>という気持ちが、ビッテンフェルトの心に激しく湧き起こっていた。
先ほどつい大声を出してしまったビッテンフェルトは(冷静に、冷静に・・・)と自分に言い聞かせて、アマンダに尋ねる。
「なぜ、赤ん坊が出来た事、俺に教えてくれなかったんだ?」
アマンダがなんの躊躇いもなく答える。
「もう、過ぎた事ですから・・・」
二人の間に、再び沈黙が訪れる。
(今のお前にあれこれ訊いても、俺にはまだ教えてはくれないか・・・)
アマンダの素っ気ない反応に、ビッテンフェルトが自分の気持ちを伝える。
「確かに過ぎた事だ!俺も過去には拘らない主義だが、現在<いま>と未来には拘るぞ。お前たちの事を知った以上、もう知らないでは済まされない。男として責任は取らせてもらう!」
ビッテンフェルトは真剣な表情で、きっぱりと告げる。アマンダはそんなビッテンフェルトに、少し困った様子で伝えた。
「ビッテンフェルト元帥のお気持ちは判りますが・・・」
言いかけたアマンダの言葉を塞ぐように、ビッテンフェルトの携帯から呼び出し音が響いた。
アマンダは話を途中でやめて、ビッテンフェルトを待つことにした。しかし、当のビッテンフェルトは電話には出ず、音に反応して顔を動かすルイーゼの仕草に見入っている。呆れたアマンダが、ビッテンフェルトに声をかける。
「閣下、電話ですよ!」
「・・・大丈夫だ!多分オイゲンだ」
ビッテンフェルトがそう言った途端、呼び出し音が鳴り終わった。
「あの~、もしかして閣下は、仕事中だったのでは?」
「えっ!まあ、その~」
アマンダの問いかけに、ビッテンフェルトが言葉を濁す。
「閣下、仕事にお戻りください。副官のオイゲン少将がお困りですよ」
まるで以前の秘書官のような顔つきになって告げるアマンダに、ビッテンフェルトが目を逸らす。
再びビッテンフェルトの携帯の呼び出し音が聞こえ始めた。
「閣下・・・」
「判ったよ。全く・・・」
アマンダの咎めるような視線に負けて、ビッテンフェルトが電話にでる。
ビッテンフェルトの予想通り、相手はオイゲンらしく、彼は電話の向こうの副官に謝っていた。
会話を終えたビッテンフェルトが、アマンダに告げる。
「悪いが一旦戻る!だが、仕事を片付けたらまた来るから、お前、今度は逃げるなよ!」
ビッテンフェルトの警告に、アマンダが冷静に言い返す。
「別に私は、閣下から逃げたのではありませんよ」
「俺から逃げた訳じゃないか・・・。だったら、お前、なにから逃げたんだ?」
「退役したのに、官舎に居座る訳にはいきません。だから、引っ越した。ただそれだけです・・・」
ビッテンフェルトの問いに、アマンダが即答する。
「ふ~ん」
軽く返事をしたビッテンフェルトが、心の中で考える。
(まあ、いいか。再会したばかりで、あんまりこいつの中に踏み込むのもなんだしな・・・)
あの夜以来、久しぶりに逢った二人の会話は、中途半端なものになってしまった。
とりあえずビッテンフェルトは、仕事を片付ける為に、自分の元帥府に急いで戻った。
ビッテンフェルトの元帥府では、副官のオイゲンが会議のあと戻って来ない上官を待っていた。彼は、やっと執務室に現れたビッテンフェルトに訊ねる。
「閣下、どこにいっていたんですか?会議は午前中で終わった筈でしたよ!」
「あ~、ミュラーと外で昼飯食べてて・・・」
「昼食にいったい何時間かけているんですか?決裁の書類が溜まっていますよ!全く・・・」
ブツブツ文句を言っているオイゲンに、ビッテンフェルトがぼそっと告げた。
「あのな、オイゲン、俺と家族の為に、家を探してくれないかな~」
「はぁ!今なんと?・・・すいません、閣下、もう一度お聞かせください」
自分の耳を疑ったオイゲンが聞き返す。
「だから、子供とその母親、そして俺の3人で一緒に住むための家を、大至急探してくれと頼んでいる!」
「そ、それは、ビッテンフェルト閣下ご自身のことですか?」
「そうだ!さっきからそう言っているではないか!」
「???」
(ビッテンフェルト閣下にお子さま!!!そんな、ばかな・・・。あの亡きロイエンタール元帥なら、御落胤騒動はいくらでも起こりえるだろうが、うちの司令官に限って・・・)
何か言いたそうなのだが驚きのあまり言葉が出ず、口をパクパクさせているオイゲンを見て、ビッテンフェルトは苦笑いする。
そんな副官に、ビッテンフェルトがけしかける。
「驚くのはあとだ!早いとこ仕事を片付けよう。今日の俺は、忙しいんだ!」
ビッテンフェルトはオイゲンに声をかけると、自分の机に座り、溜まっていた仕事を片付け始める。
オイゲンもすぐ仕事モードになり、二人の間で書類のやり取りが交わされる。
暫く経って、ようやく仕事を終わらせた二人が、先ほどの話題に戻る。
「閣下!どうして今まで、ご家族がいる事を教えてくださらなかったんですか?水くさい・・・」
恨めしそうな顔をしたオイゲンが、ビッテンフェルトに訴える。
「お前が驚くのも無理もないが、仕方ないだろう~。俺だってさっき初めて知ったんだよ」
「えっ、さっき?それは、どういう事でしょうか?」
「まあ、その~なんだな・・・」
「???」
「実はな、つき合おうかな~と思い始めたら、いなくなった女がいて・・・何となく忘れずにいたら、見つけて・・・訪ねたら俺の子を抱いていて・・・」
しどろもどろで説明するビッテンフェルトに、オイゲンはつい焦れったくなった。
「閣下は一応、<獅子の泉の七元帥>のお一人なんですから、きちんと判るように説明してください!」
「実は、俺もまだ混乱しているのだ!」
(それじゃ、説明になっていませんよ~)
オイゲンは呆れ顔になってしまった。
「とにかく、早く家を準備してくれ!今の官舎では、あの二人を連れて来るには狭すぎるし、出来れば大きな一軒家に迎えたい!」
「・・・いったいお相手は誰なんです?」
(人の良い閣下の事だから、まさか変な女に騙されているのでは?思いこむと周りが見えないお方だから・・・)
あまりにも突然のことで、オイゲンにはいろいろな不安がよぎっていた。
「お前も知っていると思うが、軍務省にアマンダって女がいただろう。あいつだ!」
「アマンダ?あのオーベルシュタイン元帥のお気に入りの秘書官であった、ベーレンス准尉の事ですか?」
「ああ、そうだ!だがお前、いちいち<オーベルシュタインのお気に入り>って言うな!」
「失礼致しました!」
オーベルシュタインの名前が出た瞬間、眉を顰めて不機嫌を顔に出すビッテンフェルトに、オイゲンがすぐさま謝る。
「でも、何でまた?しかも、子供が出来る関係だったとは・・・」
(確かにハイネセンではあんな接触があった二人だが、つき合っている気配は全く感じられなかった・・・)
オイゲンが過去を振り返るが、思い当たる要素が全く見当たらない。
「まあ~いろいろとあってな・・・」
決まり悪そうにボリボリと頭をかくビッテンフェルトを見ながら、オイゲンに素朴な疑問が沸いてきた。
(しかし彼女、なぜ今まで子供の事を黙っていたのだろう・・・)
不思議がるオイゲンに、ビッテンフェルトは話を明日の事に切り替えた。
「済んだ事はもういい。大事なのはこれからのことだ!家が決まり次第、アマンダとルイーゼを連れてくる。それまで、俺はアマンダの元から元帥府に通う事にする!迎えの車はそっちにまわしてくれ・・・」
「お相手のご自宅ですね。今、彼女はどこに住んでいるのですか?」
ビッテンフェルトがオイゲンにアマンダの住所を知らせる。
「ちょっと遠いですね・・・」
少し眉を顰めた副官を気にもせず、ビッテンフェルトが告げる。
「だったら、早く適当な家を見つけるんだな!俺は、これから荷物を持ってアマンダの所に乗り込む。また逃げられたら困るし・・・」
「えっ?逃げられる?」
思わず訊き返したオイゲンに、ビッテンフェルトが苦笑する。
「・・・冗談だよ!ただ、ルイーゼのそばにいて、早く俺に慣れさせたいんだ」
「まあ、そのお気持ちも判りますが・・・」
「頼むぞ!」
(それに、赤ん坊のそばに居れば、あいつの笑った顔が見られるかも知れん・・・)
ビッテンフェルトの頭から、先ほどチラッと見かけたアマンダの笑顔が離れなかった。
「女のお子様ですか?」
ルイーゼという名前に、オイゲンが確認する。
「ああ、そうだ!髪と目の色が俺と同じなんだ♪愛嬌もいいし、我が子ながら可愛いぞ~♪」
先ほど初めて逢った娘の顔を思い出すと、つい表情が緩んでしまうビッテンフェルトであった。
(あ~あ、見ちゃいられない顔ですよ!)
デレ~と崩れた顔のビッテンフェルトに、オイゲンが心の中で突っ込む。
「詳しい打ち合わせは明日にしよう!それじゃ~」
すっかりハイテンションのビッテンフェルトは、帰り支度を済ませると、あっという間に部屋を出ていってしまった。
「あの、閣下、まだお話が・・・」
オイゲンが慌てて引き留めたが、電光石火のように消えたビッテンフェルトの耳には届かなかった。
まるで新しいオモチャを手に入れた子供のように、目を輝やかせるビッテンフェルトに、オイゲンは言葉を失っていた。
あのビッテンフェルト閣下が
家庭を持つとは、意外であった
しかもお相手は
あのオーベルシュタインの秘書官とは・・・
あの調子じゃ、
しばらく仕事どころではなくなるな~
しかし、他の元帥方やうちの幕僚達は
この事を信じるだろうか?
・・・多分、無理だろうな・・・
一人部屋に残されたオイゲンは「はあぁ~」と深い溜息をこぼしていた。
<続く>