グロスファーターの心理(お祝い)

 その日、ミュラーが<海鷲>に顔を出すと、ビッテンフェルトとワーレンが、楽しそうにテーブルを囲んでいた。三日ほど前、共にグロスファーターとなった二人は、かつて無いほど幸せそうな顔をしていた。
「やっぱり此処に居ましたね!今日も祝杯を交わしていると思っていましたよ」
「よう、ミュラー♪お前も一緒に祝おう!」
「もしかして、俺たちを捜していたのか?」
「ええ、まあ・・・」
 二人に勧められて席に座ったミュラーが、懐から三通の手紙を取り出した。それぞれビッテンフェルト、ワーレン、ミュラー宛となっていた手紙に、二人とも不思議そうに顔を見合わせた。
「昼休み、ルイーゼと赤ん坊の顔をちょっと覗いてきました。その時、ルイーゼからこの手紙を預かりまして・・・」
「一体、どういう事だ?」
 ビッテンフェルトがミュラーに尋ねた。
「以前、ルイーゼに、『赤ん坊が産まれたお祝いには、欲しい物をあげたいから遠慮無く言うように!』と話していたので、その事を手紙に記したようです。それで、同じようにお二人にも手紙を書いたらしく・・・」
「はぁ、お祝いの催促の手紙か!我が娘ながら、呆れるな・・・」
 渋い顔のビッテンフェルトに、ワーレンとミュラーがルイーゼを庇った。
「ビッテンフェルト、俺もアルフォンスに『ルイーゼと相談してお祝いの品を決めておいてくれ!』と話していたんだ。きっとルイーゼは、アルフォンスから聞いていて、それで俺にもこういう手紙を書いたんだと思う」
「私とエリスで『欲しい物を贈った方が贈りがいがあるから・・・』と、遠慮するルイーゼを説得したんですよ。きっとルイーゼは、私やワーレン元帥にお祝いの品をリクエストするのなら、ビッテンフェルト提督にも同じように・・・と考えたのでしょう」
「第一、俺やミュラーにルイーゼからの手紙が来たのに、父親のお前にないとなると、お前、すぐむくれるだろう?」
 ミュラーもそう思ったが、ビッテンフェルト本人を目の前にして、さすがに言えず控えた言葉を、ワーレンが遠慮なく言った。
「ふん!それより、早く手紙を読もうぜ!ルイーゼがどんな物をリクエストしたのか知りたい!」
 話題を逸らすように、ビッテンフェルトはミュラーやワーレンに手紙の開封を迫った。


「ミュラー、お前へのリクエストは何だった?」
「私へのリクエストは<五月人形>です」
「五月人形?」
「ほら、昔、アマンダさんがルイーゼやフィーネの為に、雛人形を買ったでしょう。それの男の子用ですよ」
「そう言えば、男の子にも節句があると誰かが言っていたな・・・。ミュラーは五月人形か。ワーレンは?」
「俺には<今年作られたワインを1ダース>との事だ。これって、ビッテンフェルトがルイーゼ達が産まれた記念にやっていたお祝いと同じだろう?」
「あっ、うん・・・」
 ビッテンフェルトは少し残念そうな顔をしていた。自分が孫への誕生記念にワインを贈ろうと思っていただけに、無念がそのまま顔に出たらしい。
「ビッテンフェルト、悪く思うなよ!ルイーゼのご要望なんだから・・・」
 ビッテンフェルトの顔を見てワーレンが笑った。
「ルイーゼは自分の記念日に飲むワインを楽しみにしていますから、我が子にもやってあげたいと思ったのでしょう」
「これからワインを飲む楽しみが増えたな♪たくさん飲んで、上等のワイン選ぶぞ!」
 意気込むワーレンに微笑んだミュラーが、ビッテンフェルトに声をかけた。
「ところで、ルイーゼはビッテンフェルト提督には、何をリクエストしたんですか?」
「これから手紙を開けるんだ♪・・・・・・何だ?こりゃ!」
 娘からのリクエストを知った時、ビッテンフェルトは思わず額に皺を寄せて、しかめ面になっていた。その直後、彼はルイーゼからの手紙を、テーブルに放り出してしまった。驚いたミュラーはその手紙を受け取り、ワーレンと一緒に覗き込んだ。そして二人とも、その内容に驚き、思わず吹き出してしまった。
 手紙には、<紙オムツ一年分、お願いします>と記されていた。しかも、<新生児用1箱、Sサイズ2箱、Mサイズ4箱、Lサイズ5箱>という具合に、サイズと箱数まで指定していた。ミュラーとワーレンは、暫く笑いが止まらなかった。そんな二人を見て、ビッテンフェルトは「ルイーゼの奴・・・」と言ったきり、すっかりふてくされてしまった。
 ミュラーとワーレンに笑われて不機嫌になったビッテンフェルトは、やけ酒のように酒を勢いよく飲み始めた。ミュラーは(悪酔いしないようになんとかしなければ!)と慌てて、いつものように彼を宥めにかかった。
「ルイーゼは多分、これから大量に使うであろう必需品のオムツが一番欲しかったのですよ。しかし、我々には遠慮があって『お祝いにオムツが欲しい』とは言えなかった。父親だからこそ、ルイーゼは本音でおねだりができたのでは?結婚して子供を産み、親になったとはいえ、ルイーゼはまだまだ父親のビッテンフェルト提督に甘えているんですよ」
「そうかもしれんが・・・」
 すこし納得したビッテンフェルトだが、今ひとつ腑に落ちなかったようでミュラーにぼやいた。
「だが、初孫だぞ!俺だってお前達のように、記念に残る物を贈りたい!あの赤ん坊は、毎年節句が近づけばミュラーからもらった人形を見るだろう。人生の記念日には、ワーレンが選んだワインを味わうだろう。そしてその度、贈り主を想うだろう。だが、俺が贈るオムツでは、あの子の記憶には残らんだろう・・・」
「そんな、大丈夫ですよ。出産祝いに誰が何を贈っても、大差ありませんよ。赤ん坊の成長を願う気持ちは、皆同じなんですから・・・」
 ミュラーの「赤ん坊を成長を願う気持ちは皆同じ・・・」という言葉に、ビッテンフェルトは形式に拘っていた自分に気が付いた。
「そうだな・・・。形より、気持ちが大事なんだよな・・・」
 ビッテンフェルトは機嫌を損ねた自分を恥じて、照れくさそうな顔を見せた。



 翌日、病院の新生児室でガラス越しに赤ん坊を見ていたビッテンフェルトに、アルフォンスが声をかけた。
「ルイーゼがとんでもないお強請りをしたようで・・・」
 恐縮するアルフォンスに、ビッテンフェルトが軽く手を振って答えた。
「あぁ、いいんだ!あいつのああいうところは、母親譲りなんだから・・・」
「そうなんですか?」
「あの子の母親も、形式とかには拘らず合理的な性格だったよ」
 ビッテンフェルトが苦笑いしながらアルフォンスに教えた。
「昔から、なんやかんやと衝動買いしてしまうのは俺のほうで、アマンダはいつも無駄がなかった」
 ビッテンフェルトは、アマンダが生きていた頃を思い出していた。
「昔、ルイーゼが小さかった頃、大きなクマのぬいぐるみを買って背負って帰宅したことがあった。ルイーゼが大興奮して喜んだもんだから、俺はつい調子に乗って同じサイズの色違いを更に二日続けて買ったんだ。結局、特大ぬいぐるみは三個になってな、さすがにアマンダは呆れていたよ」
 病院の新生児室は、ビッテンフェルトにとってアマンダの思い出に繋がる場所でもある。そのせいか、アマンダの懐かしい思い出が次々と浮かんでいた。
「それから、俺そっくりの等身大の人形を注文して作った事もあったな~」
「えっ、義父上そっくりの等身大の人形?」
 アルフォンスが驚いて目を丸くした。
「あぁ、フィーネが赤ん坊の頃、遠征から帰ってきた俺をすっかり忘れて怖がってなぁ・・・。それで次の年の遠征で不在のとき、父親の顔を忘れないようにと、その人形をリビングに飾ろうと思ったんだ」
「そ、それって効果ありましたか?」
「いや、その人形があまりにもリアルで、子供達が怖がってしまって・・・。結局、人形の出番はなかった」
(そりゃ、そうでしょう・・・)
 アルフォンスは、心の中でそのビッテンフェルト人形を想像して納得した。
「それでその年、遠征から帰って来た俺は、フィーネにまた大泣きされたらどうしよう!とドキドキしていた。フィーネがしっかり俺に抱きついてきたとき、もの凄く嬉しかった事を憶えているよ」
 その後暫く、ビッテンフェルトはアルフォンス相手に、アマンダの思い出話に花を咲かせていた。


「すっかり時間が経ってしまったな。年寄りの昔話に付き合わせて悪かったな!」
「いいえ、義父上の奥方へのお惚気話は、とても楽しいですよ。ルイーゼの母上は、私にとっても義母上です。又、お話を聞かせてください」
「あぁ、今度は飲みながらな!しらふだと、どうも照れくさい・・・」
「ええ、是非!・・・それで義父上、私から一つお頼みしたいことがあるのですが・・・」
「ん、何だ?」
「私の息子に、義父上が名前を付けてくださいませんか?」
「えっ・・・。その~、アルフォンスの申し出は嬉しいが、赤ん坊はワーレン家の子だ。お前の父親のワーレンに頼むのが筋だろう」
「いいえ、私は義父上に、お願いしたいのです。それとも、私の希望は叶えて貰えないのでしょうか?」
「いや、そういうつもりはないが・・・」
「義父上に、私にもお祝いをリクエストさせてください。あの子の名付け親に、是非なっていただきたいのです!」
 昨夜、ビッテンフェルトが酒の席でついぼやいてしまった「記念に残る物を贈りたい!」と言った愚痴を、アルフォンスは耳にしたのだろう。それでこのような事を言ってきたに違いない。ビッテンフェルトはアルフォンスの思いやりを受けとめ、快くこのリクエストを引き受けることにした。
「アルフォンスもちゃっかりしているな!夫婦二人で別々の物をリクエストして、俺からお祝いを二つも貰おうとしている・・・」
「えぇ、そうです。私達夫婦は欲張りなんですよ!」
「よし、判った!俺に任せろ。男らしい名を考えるぞ!」
 ニッコリ笑った二人がガラスの向こうのベットを見つめると、ワーレン家とビッテンフェルト家の血を受け継ぐ赤ん坊が、小さな欠伸をしていた。



 数日後、ワーレン家では赤ん坊誕生のお祝いが開かれた。全員が揃ったところで、ビッテンフェルトが赤ん坊の名前を発表した。
「この子の名前は、テオドール・ワーレンと決めた!」
「あれ、お祖父ちゃんと同じ名前?」
 乾杯のグラスを持ったまま、アルフォンスが祖父のテオドールと顔を見合わせた。
「気に入ってくれたかな?」
 ビッテンフェルトの問いかけに、「勿論♪」アルフォンスは嬉しそうに答え、テオドールも目を細めて喜んでいた。
「光栄だよ・・・ありがとう、ビッテンフェルト元帥。ひ孫と名前が同じなんて、とても嬉しいよ」
「父上、この子に素敵な名前を付けてくださってありがとう。ねぇ、愛称は<テオ>にしましょう!とっても呼びやすいわ♪」
 ルイーゼも満足そうに父親に礼を言い、抱いていた我が子に何度も名前で呼びかけていた。


 賑やかな宴が続くなか、ビッテンフェルトの隣に座ったワーレンが、ひっそりと話しかけた。
「待ちに待ったひ孫が自分と同じ名前で、親父は大喜びだよ。ありがとう、ビッテンフェルト」
「礼なんて言うなよ!あの名前は、俺がいろいろ悩んだ挙げ句付けた名前なんだぞ。お前の親父さんと同じ名前だったのは、本当に偶然なんだよ」
「ああ、判っているよ!」
 こんな事が偶然であるわけがないことは、誰でも見当がつく。だが、ワーレンは黙ってビッテンフェルトの言葉に頷いていた。
 ビッテンフェルトがこんな事をするとき、照れ隠しに不自然な言い訳をすることを、ワーレンは遠い昔の士官学校時代から知っていた。


<END>


~あとがき~
この作品は、前に書いた小説のネタを、いくつか引っ張り出しています(笑)
ルイーゼがミュラーのリクエストした五月人形やアマンダが娘達に買った雛人形のお話は<お雛様・スマイル>から、
同じくワーレンにリクエストした誕生記念のワインのお話は<初恋(11)>から、
そして等身大ビッテン人形の思い出話は<息吹(7)>から持ち出しました。
昔話を繰り返す年寄りのように、以前書いた話が懐かしくなって、つい・・・(A^^;)