今年の黒色槍騎兵艦隊恒例の宇宙遠征も、無事全行程を終了した。二ヶ月近く宇宙生活をしていた兵士達は勿論のこと、司令官ビッテンフェルトもことのほかこの帰還を待ち望んでいた。
何しろ娘夫妻の初めての赤ん坊が産まれる時期と、遠征の帰還がほぼ同じ頃である。その為、今回のビッテンフェルトは、なにかと落ち着きのない司令官であったかも知れない。しかし幸いな事に、赤ん坊はまだ産まれていないようで、(なんとか間に合ったか~)ともうじきおじいちゃんになるビッテンフェルトはほっとしていた。
いつものように宇宙港の玄関ロビーは、帰還した兵士達が家族との再会を喜ぶ様子で溢れていた。そんな出迎えの人々のなかに、ビッテンフェルトは娘のルイーゼの姿を見て驚いた。
「父上、お帰りなさい!」
「ルイーゼ、お前、いいのか?いつ産まれるか判らない状態なのに・・・」
ビッテンフェルトの驚きは、予定日が過ぎた妊婦が出歩いているということだけではなかった。二ヶ月前とはうって変わった娘の体型に絶句していた。
(こいつ、この二ヶ月でだいぶ太った・・・。それに、このお腹、まるで大きなスイカが入っているかのようではないか・・・)
ビッテンフェルトには二人の娘がいるとはいえ、臨月の妊婦を間近で見るのは初めてであった。彼の妻のアマンダの場合、ルイーゼのときは生後半年の頃に初めてその存在を知ったものだし、下の娘のヨゼフィーネのときは病気の事もあって早めに産んだ。従ってビッテンフェルトは、妊娠中のアマンダの体型を気にした記憶がなかった。そんなものだから、臨月のルイーゼの何とも言われぬ妊婦の迫力に、ビッテンフェルトは圧倒されていた。
そんな父親にルイーゼは「気分転換も必要よ~。アルフォンスと一緒だから大丈夫♪」と、お気楽モードである。
「それにこの子、予定日が過ぎても全然産まれそうにもないのよ!まるで、父上が帰って来るのを待っているみたい♪」
「そ、そうか・・・」
ルイーゼの妊婦パワーに押され気味のビッテンフェルトに、アルフォンスが声をかけた。
「義父上、チョットお話が・・・」
アルフォンスは少し離れた所にビッテンフェルトを連れ出した。そして、妻の様子をちらっと確認する。ルイーゼは、その場にいたオイゲン夫妻と楽しそうに歓談していた。それを見て安心したアルフォンスは、ビッテンフェルトに一気にまくしたてた。
「義父上、現在<いま>のルイーゼに思ったことをそのまま言うのは控えてくださいね。例えば『迫力がある』とか『貫禄が出てきた』などはダメですよ!それと『顔が丸くなった』とか『ぽっちゃりしてきた』など、太った事を連想させる類の言葉も禁句です」
「えっ!」
まさに今言おうとしていた言葉を、ズバリとアルフォンスに言われたので、ビッテンフェルトは焦った。
「それと、このあとみんなで夕食を食べますが、食欲旺盛のルイーゼを見て『よく食べるな~』などとは、決して言わないで下さい。それと・・・」
次々と注意事項を述べるアルフォンスに、ビッテンフェルトは目が点になっていた。
「一体どうしたのだ~?」
「私はルイーゼに和やかな気持ちで妊婦生活を過ごさせ、穏やかに出産を迎えさせたいだけです!」
力説するアルフォンスに、ビッテンフェルトは少し呆れたように尋ねた。
「それは判るが・・・。でもアルフォンス、なんだかお前、やけに神経質になっていないか?」
ビッテンフェルトの問いかけに、それまで意気込んでいたアルフォンスが、ちょっと暗い顔になって説明した。
「実は一ヶ月ほど前、何気なく言ったひと言がルイーゼの心を傷つけてしまって・・・。それ以来、言葉には注意しているんです」
「傷つけた!お前、ルイーゼに何と言ったのだ?」
「悪気は無かったのです。ただ、お腹が大きくなったルイーゼの歩く姿が、義父上によく似ていたので『歩き方が義父上にそっくりになった!』と言ったところ、ルイーゼは真っ赤になって怒ってしまい・・・」
「えっ、あいつが俺に似ているって言われるのは、いつもの事だろう?なんで怒るんだ?」
「それが・・・ルイーゼは『私はあんなふうに仰け反って、威張った感じで歩いているの?』とか『足がみっともないガニ股になっているの?』とか言って、私の言葉を悪い方に受けとめてしまったらしいのです。勿論、私はそんなつもりで言ったのでは無いのですが・・・。それ以来、ルイーゼはすっかり落ち込んで、歩き方を気にするあまり、私の後ろに隠れて歩くようになってしまって・・・」
「はあ・・・」(お、俺がガニ股!)
「私も<これはまずいぞ~>と思って、『妊婦が仰け反って歩くのは当たり前なんだ!』と説得したり、一緒に歩くときは腕を組むようにして、ようやくルイーゼは気にせず歩くようになったばかりなんです。ですから、義父上も不用意なひと言には、気を付けてください!」
「お、おう・・・」
念を押すアルフォンスの迫力に、ビッテンフェルトはタジタジとなって答えた。そのとき、「あなた~、父上~、そろそろ帰りましょう♪」と、ルイーゼの声がした。
二人が振り向くと、ルイーゼはすでに外に出るための階段に向かっている。それを見たアルフォンスは、慌てて目の前のビッテンフェルトを押しのけて叫びながら妻の元に走っていった。
「ルイーゼ、階段を降りるときは私の腕に掴まるんだ~!足下がよく見えないんだから危ないよ~~」
こうして一人残されたビッテンフェルトの目に、仲良く腕を組んで階段を降りる若夫婦の後ろ姿が映った。もうじき出産を迎えるルイーゼの事が、心配で堪らないといった感じのアルフォンスを見て、ビッテンフェルトは呆れたように首を振っていた。だが、その顔は嬉しそうな笑顔であった。
数日後、ビッテンフェルトの執務室に、全身が映る特大の鏡が置かれていた。
敬愛する司令官が、<美しい歩き方>という本を片手に、鏡の前でこっそり歩き方の練習をしていることを、黒色槍騎兵艦隊の幕僚達は知っている。
<END>
~あとがき~
ビッテンフェルトも士官学校時代には飽きるほど行進の練習をして、きびきびした軍人らしい歩き方を身につけていた筈です。
年月と共に風化した格好いい歩き方を取り戻すため、彼は必死になりました。
娘のルイーゼにズバリと言われた指摘は、ビッテンフェルトのいい教訓になったようです(笑)
(しかし、ビッテンフェルトが執務室で、一人「1、2、1、2」と歩いている姿は、不気味かも・・・A^^;)
それにしても、アルフォンスは優しいです♪
実際、臨月近くになると、本当に足下が見えないんですよ~
私はその頃、階段を踏み外して焦った事があります(A^^;)