グロスファーターの心理(誕生)

 ビッテンフェルトが遠征から帰ってから一週間。なかなか産気づかないルイーゼに、アルフォンスを始め周囲は毎日気が気ではなかった。しかし、ルイーゼの前では決して焦っているような素振りは見せなかった為、当の本人はのんびり構えて赤ん坊と対面する日を楽しみにしている。
 今日は、月に一度の各閣僚を交えての全体会議が行われる日であった。ビッテンフェルトは会議の始まる前、顔を合わせたワーレンに娘の様子を尋ねた。
「今朝のルイーゼの様子は?」
「いつもと同じだ。まだ、変化は見られない・・・」
 息子夫妻と一緒に暮らしているワーレンも、溜息混じりに答えた。
「そうか・・・。もう、いい加減産まれてもよさそうなのになぁ・・・」
 なかなか産まれない赤ん坊に、すっかりしびれをきらしたビッテンフェルトがぼやいた。そんなふうに、会議室の片隅で立ち話をしている二人の後ろから、ミュラーが声をかけた。
「随分お待たせベイビーのようですね。エリスも心配して、ルイーゼの今日の検診には付き添うと言っていました。何かありましたら、すぐエリスから連絡が来るでしょう。あまり御心配なさらないように・・・」
「はは、こういう事は周りが焦っても仕方ないと判っているのだが・・・」
 ワーレンが少し照れながら答えた。いつも冷静沈着なワーレンにしては珍しい落ち着かない姿に、ミュラーが微笑む。
「もうじきですよ!楽しみは後になるほど、大きく膨らむというでしょう♪」
 ミュラーの言葉に、ワーレンが自分の父親の様子を話し始めた。
「親父はひ孫の誕生を、指折り数えて待っているよ。孫夫婦と一緒に暮らし始めてから、親父は見違えるように明るくなった。お袋に先立たれてから随分寂しそうだったのに、孫の嫁のルイーゼがきてからは毎日上機嫌だよ!」
「ルイーゼは父親譲りの明るい子ですからね。それに、もう少しで可愛い家族が一人増えて、もっと賑やかになりますよ!」
「本当に楽しみだ♪」
 ビッテンフェルトとワーレンが共に頷いたとき、ミュラーが懐から携帯電話を取り出した。相手を確認したミュラーが二人に「エリスからです!」と告げて、その場で話し始めた。
「・・・・・・そうか、判った。お二方とも今、私の目の前に居られるから伝えておくよ」
 ニッコリと笑って携帯を納めたミュラーが、心配そうなビッテンフェルトとワーレンにエリスからの連絡を伝えた。
「今日の検診でルイーゼにお産の兆候が見受けられたようで、そのまま病院に入院して様子を診るとの事です。さぁ、いよいよ始まりましたね!」
 ビッテンフェルトとワーレンが、お互い顔を見合わせて頷き合う。
「アルフォンスは仕事が終わり次第駆け付けるとのことです。まぁ、初産ですし時間がかかると思いますから、赤ん坊の誕生には充分間に合うでしょう。フィーネやミーネさん達は、すでに病院に向かっているようですが・・・」
「はは、みんな、この日を待ちわびていたからな。俺もこの会議が終わったら、ルイーゼを励ましにいってこよう♪」
 いつの間にか三人の周りには、会議に出席する人々が集まり始めていた。数分後、会議開始の時間となり、ワーレンは議長席へ、上機嫌のビッテンフェルトもミュラーと共に自分の席に着いた。



 会議は少し長引いたが、無事終わった。終了後、ミュラーは急いでビッテンフェルトとワーレンの傍に行き、にこやかに伝えた。
「おめでとうございます!先ほどエリスから『無事産まれた♪』と連絡がありました!」
「えっ、もう産まれた?」
 ビッテンフェルトもワーレンも、目を丸くして驚いていた。
「な、なんで、俺が行く前に産まれたんだぁ~」
 ビッテンフェルトの悲鳴に、ミュラーは苦笑いして答えた。
「今まで充分みんなを待たせていた反動か、ルイーゼのお産は勢いが付いて早かったですね」
「くっそ~!俺は初孫の記念すべき産声を、是非聞きたいと思っていたのに・・・」
 残念がるビッテンフェルトにミュラーが伝えた。
「私もエリスもこんなに早いとは予想外でした。産気づいたらあっという間の事で・・・。今までの遅れを取り戻すかのような超スピード出産でしたね」
「しかし、ミュラーはいつ産まれたのを知ったんだ?」
 自分達と同じように会議に出席していたミュラーが、いつ赤ん坊の誕生を知ったのか不思議に思って、ワーレンが尋ねた。
「会議中、エリスからルイーゼのお産の進行状況を知らせるメールが来ていましたから・・・」
「お産の進行状況を伝えるメール?」
 目つきが鋭くなったビッテンフェルトが、素早くミュラーの懐から携帯を取り出した。携帯の記録には、十分おきにエリスからのメールが記されており、しかもミュラーは返信までしていた。
「会議中にお前は一体何をやっていたんだ?」
「全く・・・。議長の俺でさえ気が付かなかったぞ!」
 呆れ顔のビッテンフェルトとワーレンに、ミュラーが弁解する。
「いやぁ~、私達夫婦は、どんな事でも必ず二人で分かち合うようにしているのです!エリスもルイーゼの事だったので、すぐにでも私と分かち合いたかったのでしょう。無事産まれるまで、本当にハラハラ、ドキドキしましたよ♪」
 屈託無く笑うミュラーに、ビッテンフェルトはカチンときて告げた。
「何故、俺にもすぐ教えないんだ!」
「だって、会議中でしたよ・・・」
 平然と話すミュラーに、ビッテンフェルトの携帯を持つ手が震え、とうとう怒鳴りだした。
「お前は、その会議中にエリスと話していたではないか!それに第一、ルイーゼは初産だから時間が掛かるだろうと言っていたのはお前だぞ!」
 ビッテンフェルトは自分も孫が産まれるまでの緊張感を経験したかったのに、ミュラーだけが味わったという事が悔しかった。怒り始めたビッテンフェルトからミュラーを助けようと、ワーレンが話題を変えてきた。
「ミュラー、それでどっちが産まれたんだ?」
 ワーレンが訊いた途端、ビッテンフェルトは慌ててミュラーの口を塞いで叫んだ。
「こら、ミュラー、答えるな!俺は、この目で赤ん坊を見て確かめる!これからすぐ病院に行くぞ~」
 ビッテンフェルトは鼻息荒く言ったかと思うと、風のように駈けだし瞬く間に消えてしまった。そんなビッテンフェルトを笑って見送ったワーレンが、ミュラーに尋ねた。
「ところで、ルイーゼは大丈夫か?」
「安産で母子ともに健康だそうです」
 ミュラーの報告に、ワーレンはほっとしたように微笑んだ。
「それは良かった!アルフォンスは赤ん坊が産まれた事を知っているのか?」
「ええ、今頃息子と初対面している頃でしょう」
「そうか、男の子か♪・・・ミュラー、今日はルイーゼが奥方の世話になったな。ありがとう」
「いいえ、ワーレン元帥、礼には及びませんよ。エリスは、ルイーゼの世話をするのが嬉しいんですよ。赤ん坊の頃から世話をしてきたんですから・・・」
 ミュラーと喜びの握手をしたワーレンは、ビッテンフェルトとは対照的に悠々と引き上げた。
 その後ミュラーは、携帯に新たなメールが入ったことに気が付いた。携帯を確認した途端、ミュラーは綻ぶような笑顔になって辺りを見回した。偶々、近くで並んで立っていたキスリングとフェリックスの二人と、目が合った。
「お~い、見てくれ。アルフォンスとルイーゼの赤ん坊だよ。可愛いだろう~」
 エリスから送られてきた携帯の画像を、ミュラーはキスリングとフェリックスに誇らしげに見せた。それを見た二人は、その後の言葉に詰まっていた。
 まるで湯気が出ているかのような生まれたての赤ん坊の顔は、真っ赤で小猿のようだった。二人から見ればお世辞にも可愛いとは言い難かった。
(隊長、こ、これ、可愛いですか?)
(う~ん、ミュラーにとってこの赤ん坊は身内みたいなものだから、ひいき目に見てしまうのだろう・・・)
 両者はお互いに引きつらせた顔で目配せ合って、無言の会話をしていた。そんな二人の反応などお構いなく、ミュラーは赤ん坊の画像ににこやかに見入っている。ルンルン気分で去っていくミュラーを見送ってから、フェリックスがキスリングに話しかけた。
「ビッテンフェルト元帥が初孫誕生の喜びで浮かれているのは判らなくもないのですが、ミュラー軍務尚書までこんなにはしゃいでいるとは・・・。第一、あの真面目な軍務尚書が、会議中に奥方とメールのやりとりをするとは信じられない」
 驚き顔のフェリックスに、キスリングがぼそっと呟いた。
「ミュラーにとっても、孫が誕生した気分になるらしいなぁ・・・。初孫というものは、人間をちょっとおかしくしてしまう何か不思議なものがあるらしい。ビッテンフェルト元帥はともかく、あのミュラーでさえ自制心を失うくらいなのだから・・・」
 呆れ顔で話すキスリングに、フェリックスが感心したように問いかけた。
「親衛隊長は気儘な独身なのに、そういう心情が判るんですか?」
「・・・独身で悪かったな!」
 フェリックスを少し睨んだキスリングが、不機嫌に答えた。


<END>


~あとがき~
アルフォンス&ルイーゼ夫妻に赤ちゃんが誕生して、ビッテン、ワーレン、共にグロスファーター(祖父)になりました。
公私の区別をきちんとしている筈のミュラーが、仕事中(しかも会議中)に私用のメール交換?(笑)
今回、ビッテンに負けずに興奮して、大はしゃぎのミュラー夫妻でした~~(^^)