ミュラーのプロポーズ大作戦 (求婚)

「なに~!ミュラーはまだエリスにプロポーズしていないのか?」
「そのようです。エンゲージリングは大分前に購入したのですけれど、エリスにまだ渡せないでいるらしいのです」
「渡せない?なんで??」
 宇宙遠征から帰還したビッテンフェルトが、帰宅する地上車の中で妻のアマンダと話している。
「ミュラーさんは、いろいろと考えすぎるのかも・・・。エリスの方はデート後はいつも楽しそうに帰って来ますけれど・・・」
 アマンダはそう言って、最近の二人のデートを振り返ってみた。
 動物園でのデートのときは、ミュラーは顔や手を傷だらけにして帰ってきた。又、酔いつぶれたエリスを、ミュラーがオンブして帰宅ということもあった。つい先日は、ミュラーとデートに出かけた筈なのに、エリスを送って来たのは副官のドレウェンツだった。
 (どうもミュラーさんは、プロポーズのタイミングを上手くとれないでいるらしい・・・)
 アマンダはそう感じていた。求婚のムードなどとは無縁であったビッテンフェルトが不思議がる。
「どうしてミュラーは『結婚しよう!』の一言が言えないのかな~。難しい事でもあるまい」
「ミュラーさんは、何事も慎重ですから。特にこういう事には・・・」
「しかし・・・。俺はエリスの父親の一周忌が過ぎたら、二人の結婚はすぐだろうと思っていたんだ。う~ん、全く・・・ミュラーのあの性格、どうにかならないか!」
「焦らないで、フリッツ・・・。ミュラーさんとエリスの仲は上手くいっているのですから、いずれ落ち着くところに収まるでしょう。周りは余り口を出さない方がいいのでは?」
 焦れったくなった様子のビッテンフェルトに、アマンダはやんわりと釘を差した。



 恋人エリスにロマンチックなムードでプロポーズしようと試みては、何度も失敗しているミュラーは、ある教訓を得ていた。
(部屋でコーヒーでも飲んでくつろいでいるときに、さり気なく「結婚しよう!」と言えばいいんだ。誰にも邪魔されない!今までムードに拘りすぎたんだ。自然体のまま、プロポーズしたって構わないんだし・・・)
 そう考えたミュラーは、今回のデートでは映画を見た後、自宅にエリスを誘った。二人でコーヒーを飲み、先ほど見たばかりの映画を話題に話が盛りあがる。
 会話に少し間があいたとき、すかさずミュラーが決意した。
「エリス、是非、聞いて貰いたい話があるんだ!その・・・」と言いかけた時、ヴィジフォンが鳴った。
(しまった~!!プロポーズが終わるまで、電源を切って置けばよかった~)
 ミュラーの手が思わず握り拳になる。画面には、ニッコリ笑ったビッテンフェルトが映し出された。
「すぐ、エリスを連れて家に帰って来てくれ!」
「なにかあったんですか?」
「大ありだ!知らせたいことがある」
 用件だけ言うと、通信はプツンと切れた。
 (はあぁぁ)とミュラーは心の中で溜息を吐く。
「何事でしょう?」
 エリスが心配そうに尋ねた。
「判らない。でも、ビッテンフェルト提督の様子からは、悪いことが起きたわけでもなさそうだ。取りあえず急ごう!」
 二人はビッテンフェルト家に急いだ



「エリス!おめでとう」
「えっ、なんですか?」
「さっき連絡があって、エリスの絵がフェザーン芸術作品展で第一席を取ったんだ」
「まぁ!・・・嘘みたい」
 エリスは信じられないような顔をしながら、隣のミュラーに説明する。
「バイエルン先生から、力試しも兼ねて作品展に挑戦してみたらと勧められて、絵を一点だけ出展したんです。まさか、第一席とは・・・」
 エリス自身も、この快挙に驚いているようだった。
「どういう作品展なんだい?」
「出展したときの申し込み案内に、フェザーン芸術作品展についていろいろと書いてありました。今、持ってきます。確か引き出しの中にあった筈・・・」
 エリス自身も作品展に興味があった訳ではなく、ただ職場の上司でもある絵画教室の講師でもある画家のバイエルン氏に勧められて、軽い気持ちで出展したらしい。何だか詳しいことまで知らず、戸惑っている様子である。
 作品展の趣旨が書いてある案内には、過去の受賞者の名簿もあり、その中には現在活躍している名高い画家達の名も連なっていた。
 この作品展の賞に入ることは、画家を目指している者の大きな目標となっているらしく、特に新人の登竜門として有名らしい。
「さて、第一席の副賞は・・・」
 ビッテンフェルトが興味深そうに読み上げる。
「オーディン芸術大学の一年間の留学権利が与えられます・・・。えっ!オーディン!!」
 読み上げたビッテンフェルトも周りのアマンダやミーネも驚いて、婚約寸前の二人を見つめた。注目されたミュラーとエリスの二人は固まってしまった様子で、周りの視線を受けても暫く言葉が出てこなかった。
「オーディン芸術大学の留学・・・そんな特典があったなんて、知りませんでした」
 エリスが他人事のようにポツリと呟いた。
 上位に入る事など夢にも思っていなかったエリスには、副賞のことなど知らなかったらしい。まだ、第一席という名誉にも実感が沸いていない様子だった。
「どうするんだ~?」
 ビッテンフェルトが二人に問いかけた。
「その~、エリスにとってこれはチャンスですよね。オーディン芸術大学といえば、たくさんの芸術家を生み出している大学として有名ですし、エリスの画家としての道が開けるかも知れない。それに、なにより留学はいい経験にもなるでしょう・・・」
 動揺を隠しながら、ミュラーが笑顔で答えた。そんなミュラーの言葉に、エリスは何か言いたそうにしていたが、上手く言葉が出ない・・・そんな感じで俯いてしまった。
「・・・私、突然の事で・・・その・・・バイエルン先生に報告してきます」
 エリスはミュラーを置いて、リビングから飛び出してしまった。
「エリスと話してきます」
 ミュラーがそう言って、エリスの後を追いかけた。


「エリス、待ってくれ!」
 呼び止めたミュラーの声で、エリスはようやく足を止めた。
「エリス、思いがけない事でびっくりしているかも知れないが、これは君にとってはチャンスだろう。・・・オーディン芸術大学の留学の事は真剣に考えよう。一年ぐらいあっという間に過ぎるさ!だから・・・」
 そう話すミュラーを見つめたエリスは、泣きそうな顔になっていた。
「ミュラーさん・・・」
「そんな顔しないで・・・。確かにエリスと離れるのは少し寂しいけど、私は君が帰って来るのを待っている」
「ミュラーさん、違う!私が欲しいものは画家としての将来じゃない。私が望んでいるのは・・・」
 ミュラーを見つめるエリスの目が潤んでいる。
「私は絵を描きたいと思う気持ちが一番大事で、それさえ失わなければそれで充分なんです。私、ミュラーさんのそばを離れたくない・・・」
「エリス、少し落ち着いて考えよう。・・・今の気持ちはわかる。でも、今回の事は、折角与えられた貴重なチャンスだ。普通は、望んでもなかなか得られないものだろう?エリス自身の将来に関わる事だし、この機会を大事にして欲しい」
 ミュラーに説得されて少し落ち着いたエリスが告げる。
「・・・バイエルン先生に報告して、詳しい説明を聞いてきます。わたしも何が何だかよく判らない状態ですし、考えるにしても内容をきちんと把握してからでないと・・・」
「そうだね・・・」
 思いがけない事態にミュラーとエリスは、この先の未来が見えない状態に陥っていた。


 何となく暗い雰囲気の二人を、リビングの窓から見つめたビッテンフェルトが呟いた。
「ミュラーの奴、早くエリスと結婚しておけば良かったものを・・・。いつまでもくずくずしているから、こんな状態になってしまったでは無いか!これであいつ、エリスへのプロポーズに踏み切れんぞ!」
 ミュラーの性格を知っているアマンダもミーネも、ビッテンフェルトの言葉に思わず顔を見合わせてしまった。
 賞を授かったという喜ばしい出来事が、なんだがミュラーとエリスにとって、雲行きが怪しくなるきっかけになりそうな気配であった。



 間が悪いというのはこの男の宿命なのか、この後二週間、ミュラーは軍務でフェザーンを離れた。
(こんな時にエリスの傍にいてやれないとは・・・。いや、離れた方がエリスが、ゆっくり考えるいい機会かも知れない・・・)
 ミュラーのなかでは一年間の留学というエリスとの別離に対して、寂しさはあったが不安はなかった。
 付きあってから一年以上経つ。自分とエリスとの絆の深まりに手応えを感じていたミュラーは、(私達の仲は大丈夫!)と確信していた。
 一方、エリスは受賞の知らせのあった日は、夜遅くまで何やら思い悩んでいた様子だった。しかし、次の日の朝は、何か吹っ切れたいように明るくなって、いつものエリスに戻っていた。
 ビッテンフェルトもアマンダも、エリスの笑顔に何か強い意志を感じていたが、あれこれ問わず見守っていた。



 二週間後、フェザーン芸術作品展が美術館で開催され、エリスの絵もそこに展示された。
 仕事を終え久しぶりにフェザーンに戻って来たミュラーが、空港からの帰り道、軍務省に戻るより先にこの作品展を訪れた。
 会場の一番奥に、第一席を受賞したエリスの絵が展示されている。
 <食卓の風景>というタイトルがつけられた絵の中に、ルイーゼを囲んだビッテンフェルトとアマンダの姿が見える。
 ビッテンフェルト家の食事の様子が、エリスらしい優しいタッチで描かれた絵だった。
 鳥の雛のように口を開けたルイーゼに、スプーンで何かを食べさせようとするビッテンフェルト。そして、そんな二人を見つめて微笑むアマンダ。
 微笑ましいシーンだが、赤ちゃんがいる家庭なら食事の度に繰り返される普通の日常だ。
 遠い昔、幼いエリスも両親と共にこうして食事をしたことであろう・・・。
 絵を見つめていたミュラーに、エリスの両親への思慕と自分の家族を求めている強い気持ちが伝わってきた。エリスが自分の未来にもこうした場面が訪れる事を願い、筆に思いを込めてこの絵を描いている様子が、ミュラーの目に浮かんだ。


 付き合い始めてから今まで、エリスからは結婚を匂わすような事は一度も無かった。そのためミュラーは、(若いエリスにとって結婚とは、まだ現実的なものとして考えられないのだろう・・・)とさえ思っていた。
 仕事に追われ、デートの約束さえ守れないことがあっても、「大丈夫、次の機会に逢いましょう!」と言って、嫌な顔一つしたことがなかった。
 いつも明るい笑顔のエリスは、ミュラーにとって何よりも愛しい存在になっていた。
 あのロートリンゲン子爵による反逆事件で父親を亡くしたエリスだが、ビッテンフェルト家に下宿して家族同様に過ごしているということで、ミュラーはどこかで安心していた。だがこの絵からは、幼い頃に母親を亡くし、そして愛していた父親の最期を看取って一人になったエリスの寂しささえ感じる。
「エリスこそ強く自分の家庭を求めている・・・家族を欲しがっている」
 ミュラーは、エリスに無性に逢いたくなった。


 ちょうど、そのときビッテンフェルトがアマンダとルイーゼと一緒に会場を歩いているのが目に付いた。エリスの絵を見に来たのであろう。
「ビッテンフェルト提督!エリスは一緒ですか?」
「えっ、いや、俺たちだけだ」
 軍服姿の時はあまり自分の感情を出さないミュラーが、血相を変えて走ってきた姿に、ビッテンフェルトは驚いていた。
「エリスなら、まだ絵画教室の方にいるでしょう」
「判りました!ありがとうございます」
 アマンダの言葉に、ミュラーは礼を言うと走り去った。全てを知っているようなアマンダの微笑みに、ビッテンフェルトは説明を求めた。
「一体、ミュラーはどうしたんだ?」
「多分、あの絵を理解したんだと思います」
「あの絵?・・・賞を取った絵のことか?」
「そうです。・・・きっとミュラーさん、エリスにプロポーズしますよ」
「そうか、そういう絵だったのか。・・・これであの二人は大丈夫だな!」
「えぇ、フリッツ、これから忙しくなりますよ。二人の結婚式の準備でね」
 アマンダが嬉しそうに微笑んだ。



 美術館の一角にある絵画教室で、エリスは授業の後片付けをしていた。
「エリス!」
「ミュラーさん、戻って来たんですね。お帰りなさい!」
 久しぶりに恋人の顔を見て嬉しそうなエリスだったが、軍服を着たミュラーの姿に驚いて尋ねた。
「・・・仕事中ですか?」
「いや、大丈夫だ。実はエリスに話があるんだ!」
「私もミュラーさんにお話があるんですよ」
「でも、今回は私の方を先に言わせてくれ!」
「はい?」
 ミュラーの珍しい強引さに、エリスは少し驚きながら耳を澄ました。
「私と結婚してくれ!」
 エリスは大きく目を見開いた。
「絵を見たよ。・・・・・・私は、君の家族になれるかい?」
 見開いた目を輝かせて、エリスは返事をした。
「はい・・・なれます」
 その言葉にほっとしたミュラーからも、笑みが零れた。
「エリス・・・ありがとう」
 二人はそのまま教室で抱き合い、二週間振りのキスを交わす。久しぶり逢った恋人の温もりとプロポーズの承諾の感激で、時を忘れていたミュラーだが、ふと大事な存在を思い出した。
「あっ、しまった!指輪!!・・・執務室の机の引き出しに入れたままだ」
 ミュラーは苦笑いしながら、エリスに告げた。
「これから二人で取りに行こう。今日の内に、君にエンゲージリングを渡したい。あと、ビッテンフェルト提督やアマンダさんにも報告しなくては!先ほど会場で見かけたから・・・」
「判りました」
 エリスも嬉しそうに答える。
「ところで、君の話って?」
「・・・実は今日を最後に、この絵画教室の仕事を辞めたんです。その事をお知らせしようと思って・・・」
「えっ!ど、どうして?この仕事は気に入っていたんだろう・・・」
「ええ・・・でも、あることを実行するために・・・。私にとって、この仕事より大事なことです」
(あること・・・まさか留学を決意していたのでは!)
 顔が引きつってきたミュラーに、エリスはちょっと照れながら話し始めた。
「留学は<家庭の事情>という理由で辞退しました」
「か、か、家庭の事情?!」
「・・・私、荷物をまとめてミュラーさんの家に押し掛け、『私をお嫁さんにしてください!』と言って強引に住み着くつもりでした・・・」
「はぁ・・・?」
「つまり、押し掛け女房をしようとしていたんです」
「!!!」
「でも、よかった~。それを実行する前に、先にミュラーさんがプロポーズをしてくださって・・・」
 屈託無く笑うエリスに言葉無く驚くミュラーだが、あることに気が付いた。
(この行動力!・・・エリスはビッテンフェルト提督に似てきた)
 昔、ビッテンフェルトがアマンダの元に強引に押し掛けて、一緒に住み始めた事を思い出した。
「留学も辞退、仕事も辞める・・・それで、後悔しないかい?」
「私、もう決めたんです」
 エリスはハッキリ自分の思いを告げた。
「教室の子供達と別れるのは寂しいけれど、私は家庭に専念したい・・・。ビッテンフェルト家みたいに、家族が安らげる家庭を築きたいです」
 そのエリスの真摯な熱意を、ミュラーはしっかり受け止めた。
「そうか・・・判った。でも、あんまり力を入れすぎないで、自然に過ごそう。私は君といるだけで、充分安らぐのだから・・・」
「・・・ミュラーさん」
 ミュラーを見つめていたエリスの瞳が潤んできた。
「それからエリス、私は絵を描いているときの生き生きとした君を見るのが好きなんだ。だから、結婚しても君が描きたいときは、私に構わず描いて欲しい!」
「ありがとうございます、ミュラーさん。もちろん、絵は描き続けます。だって私、絵を描くのが大好きなんですもの♪」
 ミュラーはエリスの喜びに満ちた表情で、絵に対する愛情の深さを感じた。
「それで、君に一つだけお願いをしていいかな?」
「ええ・・・」
「今度から、私を『ナイトハルト』って読んでくれないか?他人行儀はよそう。家族になるのだから・・・」
「はい、ミュラーさん、あっ、いえ・・・、ナイトハルト」
 エリスがにっこり微笑んだ。


<END>


~あとがき~
やっと、エリスに求婚できました~(笑)
ミュラーさん、買ったエンゲージリングの出番が来て良かったですね!
しかし、ビッテンフェルトの影響力って凄いですね~
周りの人々が(家族や幕僚、黒色槍騎兵艦隊の兵士達など)似てくるのも、無理もないことです(笑)