遠征に出た黒色槍艦隊が、星屑の大海を突き進む。
黒色槍艦隊の司令官であるビッテンフェルトは、久しぶりの宇宙に高揚する気持ちを抑えながら、艦隊を指揮する。幕僚達や兵士達も、懐かしい宇宙空間に生き生きした表情になっている。
「訓練だからといって油断するなよ!鉢合わせた宇宙海賊と一戦って事もあり得るんだからな!この遠征は、帝国軍隊の威光を示すとともにパトロールも兼ねている。もし、我が艦隊が無様な真似をしたら、次の遠征からは別の艦隊が選ばれるぞ!」
ビッテンフェルトは艦隊全体にそう告げて喚起を促すと、指令室に入った。
自室で一息ついたビッテンフェルトが、机の引き出しから家族写真を取り出す。その写真を見つめると、アマンダとの約束通り自宅で留守を守ってる妻と子に想いを寄せる。
薄いピンク色のドレスを着たルイーゼは、スカートの部分がふんわりとして、まるで膨らんだ花の蕾のように見えた。そして、その花のような娘を抱いたアマンダが、若草色のドレスを着て椅子に座っている。その隣で、元帥の正装姿のビッテンフェルトが少し緊張気味に立っていた。
初めての家族写真の中で、アマンダとルイーゼはにこやかに笑っている。
ビッテンフェルトは、この写真の撮影の日を思い出していた。
「ルイーゼのドレスが花の蕾のように見えるので、私は花を引き立てる葉っぱのつもりで若草色のドレスにしました」
「なんだ、そりゃ?」
ドレスを注文した日、帰宅したビッテンフェルトは、アマンダからの報告に思わず笑った。
それから数日後の撮影当日、出来上がったドレスを着たアマンダを初めて見たとき、ビッテンフェルトはその姿にドキリとした。
クリーム色の髪の毛を軽くまとめ、若草色の落ち着いたデザインのドレスは、アマンダによく似合っていた。
ビッテンフェルトは、思わずその姿に見とれていたが、(アマンダに何か洒落た言葉をかけてやらないと・・・)とふと我に返った。しかし、肝心の言葉が出てこない。
焦ったビッテンフェルトは、同じくドレス姿のルイーゼをアマンダから受け取り、娘に何やら話しかけその場を誤魔化してしまった。
自分の妻にときめいてしまった事をカメラマンやアマンダ自身にバレないように、その日のビッテンフェルトは必要以上に重々しく振る舞っていたかもしれない。
その結果、写真の中のビッテンフェルトは、やけに真面目くさく見えていた。
「また、その写真をご覧になっているのですか?」
指令室に食事を持ってきた副官のオイゲンが、呆れたように笑った。
「アマンダに頼まれているんだ。<宇宙に行っても、この写真を見て、自分とルイーゼの事を思い出して欲しい!>ってな♪だからこうして俺は、メシを食べる前にこの写真を見るようにしている。そうすれば一日三回は、アマンダとルイーゼの事を思い出すことになるだろう!」
鼻の下を伸ばすビッテンフェルトを見て、(ほう、あの奥方でも、そのような事を言うんだ・・・。しかし、奥方からこんな可愛らしい事を言われたら、閣下はグッと来ただろうな~)とオイゲンがその場面を想像する。
食事をテーブルに置いた副官が、ビッテンフェルトが持つ家族写真を覗き込む。
(しかし、このやんちゃな司令官が、こんなふうにまともな家庭を持つことができたとは・・・。女性に縁がない閣下は、ずっと独身だろうと予想していたものだが・・・)
ビッテンフェルト家の初めての家族写真を見つめて感慨にふけるオイゲンの隣で、ビッテンフェルト自身も写真に目を向けたまま呟いた。
「つくづく思うよ。よく、この俺が結婚して、こうして家族を持つことができたな~って」
上官とシンクロして思わず含み笑いになったオイゲンだが、無難な言葉で返す。
「<縁があった>って事ですよ。しかし、ドレス姿の奥方も素敵ですね。閣下としては、早く御夫婦揃って社交界に出席して、皆さんに奥方を披露したいでしょう?」
「まあな・・。だが、ルイーゼが赤ん坊のうちは急がないさ!それより、今俺が一番気がかりなのは、俺が遠征でいないうちに、あいつが父親の顔を忘れて、振り出しに戻ってしまうという事だな。折角、俺が父親だって事を、あの小さな頭に頑張ってインプットしてきたのに・・・」
「仕方ないですよ。まだ赤ちゃんですから・・・。一ヶ月も逢わなければ、忘れてしまうでしょう。帰還したら、また一緒に遊んで、再びお嬢様と良い関係をお築きください」
「う~ん、やっぱりそうなるか・・・」
肩を落とす父親に、オイゲンが同情する。
「何事もなければ、クリスマス前には帰還できるでしょう。今年は是非、家族でクリスマスをお過ごしください」
「クリスマスか・・・」
ビッテンフェルトの頭の中に、サンタクロース姿になった自分からプレゼントを受け取り大喜びするルイーゼと、それを見て微笑むアマンダの姿が浮かんできた。帰還後の家族団欒のクリスマスを妄想していたビッテンフェルトだが、いきなり顔をブルブルっと振ると、背筋を伸ばし姿勢を正す。
「オイゲン、遠征は計画通りに進行しているとはいえ油断はするな!何があるか判らないのが宇宙だし、今回の遠征で来年以降の予定が決まるんだ!最初が肝心だ!」
「御意!」
気持ちを切り替えた司令官の言葉に、副官の顔も引き締まる。
今後、毎年恒例となる黒色槍艦隊の遠征の第一歩であった。
黒色槍艦隊の一ヶ月に渡った宇宙遠征は、無事終了した。
帰還した黒色槍艦隊の兵士達を出迎える人々で、宇宙港は込み合っていた。その人々の中に、自分の妻の姿を見つけたビッテンフェルトが、<家族の出迎え>という初めての体験についニンマリとなる。しかし、アマンダに抱かれている筈の娘の姿が見当たらない。
「ルイーゼはどうしたんだ?」
一ヶ月ぶりに妻と再会したビッテンフェルトの第一声は、心配した娘の事であった。
「お帰りなさい、フリッツ。実はルイーゼは少し風邪気味で、熱は下がったのですが、念のため今日は外出を控えさせました。一緒にお出迎え出来ずに申し訳ありません」
「いや、そんな事は謝らなくていい!それより、ルイーゼを医者に診せたのか?」
驚いたビッテンフェルトに、アマンダが報告する。
「ええ、お医者さまの診断は、風邪という事でした。ルイーゼも母乳を飲んでいるとはいえ、そろそろ母親から貰った免疫はきれる頃ですし・・・」
「そうか、ルイーゼは家で留守番か・・・。でも、誰が子守りをしているんだ?」
「ベビーシッターさんにお願いしました。日中だと、ルイーゼは機嫌よく過ごしてくれるので・・・」
アマンダの言葉から、ルイーゼを預けるのは昼は大丈夫だが、夜はまだ無理な状態である事を感じたビッテンフェルトが、笑いながら伝える。
「夜はまだ無理させなくてもいいぞ!ルイーゼを不安にさせないように、母親のお前がそばにいてやればいい!」
「ありがとうございます。日中のルイーゼは熱があっても動き回りますし、食欲もあります。でも、夜は甘えん坊になってしまって・・・」
アマンダが苦笑する。
「まあ、病気でも、食欲があるのなら安心だな!」
ほっとした様子のビッテンフェルトに、アマンダがチョット釘を刺す。
「ええ、でもフリッツ、今日は久しぶりにルイーゼと逢ったからと言って、あまりはしゃぎ過ぎないでくださいね。赤ちゃんは興奮すると、熱をぶり返しますので・・・」
アマンダの忠告に、ビッテンフェルトも素直に従う。
「ああ、控えめにルイーゼとの再会を喜ぶよ・・・」
(初めからそのつもりだったよ・・・。なんたって一か月ぶりの我が家だ!アマンダと久しぶりに過ごす夜を、ルイーゼの夜泣きなんかで邪魔されたくないし・・・)
以前、アマンダと再会した際の失敗を、教訓にしているビッテンフェルトであった。
軍服姿のビッテンフェルトが、アマンダと並んで宇宙港内を歩く。いつになく周りからの視線を感じて、ビッテンフェルトは不思議に思ったが、暫くしてある事に気が付いた。
あれ、
もしかしてアマンダと
こうして人前で二人っきりで歩くのって、
初めてじゃないのか?
そうだよ!
俺たち、いつもルイーゼというコブ付きで行動しているし・・・
うん、夫婦揃って外を歩くっていうのも、
なかなかいいものだ・・・
イヤイヤ、
俺は何を考えているんだ!
娘が病気なのに、不謹慎だぞ!
百面相のようにコロコロと表情を変えながら歩くビッテンフェルトを見て、アマンダが不思議がる。
「フリッツ、何を考えているのですか?」
ドキリとしたビッテンフェルトが、アマンダに自分の浮ついた心の内を見透かされないように、咄嗟にルイーゼの話題を持ち出す。
「いや、その~、ルイーゼだが、俺の事、憶えているかな?ずっと離れていたから、チョット心配でな・・・」
ビッテンフェルトの言葉に、アマンダが素っ気ない反応を示す。
「・・・あまり期待しない方がいいかも知れませんね。ずっと逢っていませんでしたから・・・」
「そ、そうか・・・」
ビッテンフェルトが心の中で溜息を付く。
(やはり、リセットされたか・・・)
久しぶりに我が家に着いたビッテンフェルトが、大きく深呼吸してから玄関を開ける。
(俺の顔、憶えているかな・・・)
不安な気持ちを抑えて、ビッテンフェルトが娘に声をかける。
「ただいま、ルイーゼ・・・」
ビッテンフェルトに気がついたルイーゼが、父親の顔をじっと見つめる。そして、振り向いてリビングに飾ってある家族写真を確認すると、目の前のビッテンフェルトを指差し「タータ♪」と呼びかけた。
「?」
何の事か判らないビッテンフェルトが、アマンダの方を振り向いてその意味を仰ぐ。
「本人はファーターと言っているつもりなのです」
アマンダが苦笑して説明をする。
「!!・・・お、俺の事?」
驚いたビッテンフェルトが、確認する。
「ええ、ルイーゼの初めて意味のある言葉が<ファーター>、フリッツ、貴方の事ですよ」
「そうか!ルイーゼの初めての言葉がファーター!俺の事か~~」
嬉しさのあまり、思わず雄叫びをあげるビッテンフェルトに、アマンダが苦笑する。
「ルイーゼ、偉いぞ!!俺の事ちゃんと憶えていたほかに、ファーターって言ってくれるとは!!」
控えめに父と娘の再会を喜ぶはずが、大喜びになったビッテンフェルトは、ルイーゼを抱き上げ家中をスキップをする。
ご機嫌になって、娘に何度も<タータ♪>と呼ばせるビッテンフェルトを見て、アマンダも嬉しそうである。
そんな両親の気持ちに反応して、ルイーゼもはしゃいでいる。
結局、父と娘の再会は、両者とも大興奮の渦に包まれていた。
ずっと動かぬ写真の中の妻と娘を見つめてきたビッテンフェルトは、目の前のリアルなアマンダとルイーゼの姿に、ほっとすると同時に、家族水入らずで過ごすこのひとときに、何とも言えぬ幸福感を感じていた。
黒色槍艦隊の遠征中の一ヶ月間、アマンダは家族写真のビッテンフェルトの顔を指さし、娘に<ファーター>と何度も繰り返し教えていたのだった。
しかし、舞い上がっている父親は、その事には全く気が付いていなかった。
<END>
≪おまけ≫
黒色槍艦隊の遠征中、食事の度に家族写真を眺めていたビッテンフェルトに、パブロフ反応のような変な習慣がついてしまった。
帰還後、妻や娘の顔を見ると、お腹が空いてしまうという条件反射に、ビッテンフェルトは暫く悩まされるようになったのである。
~あとがき~
昔、サイトを始めた頃、キリ番のリクエストとして書いた作品のタイトルが<ファーターの心理>でした。
今回、タイトルこそ同じですが、新たな作品として、ビッテンのファーター振りを書いてみました。
(多少前作の名残りが見えますが・・・)
新しくなった<ファーターの心理>は、ビッテンの親バカ振りを書いたシリーズものにしたいと思っています。
今回は、ビッテンフェルト家の初めての家族写真が絡んだお話です。
この話はある意味、<デキ婚から始まった恋愛(6)>の続きのような内容です。
ルイーゼの初めての意味のある言葉が<ファーター>で、ビッテンは大感激!
娘を大興奮させてしまったビッテンですが、その夜はアマンダと上手く事が運んだのでしょうか?(汗)
一度ある事は二度ある・・・と言うし・・・(笑)
(一度目の出来事は<デキ婚から始まった恋愛(2)>に書かれています!)