ファーターの心理(贈り物)

 ルイーゼに「ファーター」と呼ばれたことで、ビッテンフェルトの娘への溺愛振りは一層深まった。
 <出来ちゃった結婚>という周りの人々の意表をついたビッテンフェルトの結婚であったが、その後の彼の子煩悩ぶりは、黒色槍騎兵のみならず帝国軍内部でも有名になりつつあった。黒色槍騎兵艦隊の司令官として戦場を駆けめぐった勇ましさを知っている僚友や部下達は、ビッテンフェルトの意外な一面に驚き、そして呆れていた。
 そのころ、元帥府のビッテンフェルトの執務室のインテリアは、幕僚達が頭を抱える問題の一つとなってしまった。
 来客用のソファーには、小さい子に人気のあるキャラクターと可愛い動物のぬいぐるみ達が鎮座している。又、ビッテンフェルトの机の上に飾られている子供の写真の数々には、どうしても目がいってしまうのである。
 初めてビッテンフェルトの執務室に入る者は、部屋を見た瞬間に固まる。どの来客も、元帥の執務室に不似合いな可愛らしい部屋の様子に戸惑うのである。笑いを堪えている来客が自分の麾下に戻った後、ビッテンフェルトの事をなんと言っているか想像するだけで、胃薬を必要とする黒色槍騎兵艦隊の幕僚達であった。


 黒色槍騎兵艦隊の遠征を無事に終えたものの、ビッテンフェルトが家族とくつろいだのは帰還した当日ぐらいで、その後は報告書の作成に忙しい日々を送っていた。
 夜遅く帰宅するビッテンフェルトが、娘と触れ合う時間は朝食のひとときぐらいというなかで、彼は家族の為にある計画を立てていたのである。


 執務室で仕事をしていたビッテンフェルトの元に、オイゲンが大きな荷物を持って入ってきた。
「閣下、注文していた物が届きました!」
「おっ!ギリギリ間に合ったな!」
 オイゲンもビッテンフェルトもほっとした様子で、顔を見合わせる。
 ビッテンフェルトが注文していた品物が、クリスマス当日に元帥府に届いたのである。
 恋人同士で過ごすロマンチックなクリスマスとは縁が無かったビッテンフェルトだが、家族ができて意気込みが変わった。
 妻や娘と過ごす初めてのクリスマスの為、いろいろなクリスマスグッツを注文し買い揃えたのである。
「オイゲン、悪いが若いもんに頼んで、これらを家に届けてくれないか。アマンダに頼んで飾り付けて貰わないともう間に合わない!」
「判りました!」
「おっと、その前に・・・」
 ビッテンフェルトは荷物の中をガサゴソとかき分け、何かを探し出す。
「このサンタの衣装は、ここに置いておかないと・・・」
 サンタクロースの衣装一式を取り出したビッテンフェルトが、オイゲンに伝える。
「アマンダには俺から連絡しておく!さ~て、急いでこの仕事を片付けてしまわないと・・・」
 今日こそは早く帰宅したい彼は、早速目の前の仕事に取り掛かっていた。


 元帥府で着替えてサンタクロースになったビッテンフェルトが、娘の為に購入したプレゼントを大きな白い袋に入れて背負う。
 その姿を見たオイゲンが、ビッテンフェルトに問い掛ける。
「ところで閣下は、奥方へのクリスマスプレゼントは何にしたんですか?」
「アマンダの・・・?」
 オイゲンに問われて、ビッテンフェルトがはっとなって頭を抱える。
「あ~、シマッタ!!子供用のプレゼントばかり考えていて、あいつの分はすっかり忘れていた・・・」
 ビッテンフェルトが困った表情になって、オイゲンに救いを求める。
「オイゲン、どうしよう?」
「え~と・・・もう間に合いませんね・・・」
 流石のオイゲンもなすすべがないようである。
「なんで俺は気が付かなかったんだろう?我ながら間抜けだ・・・」
 しきりに後悔しているビッテンフェルトに、オイゲンが助言する。
「閣下、正直にお話しして、この機会に奥方の欲しい物を直接聞いてみたらどうでしょう?後日改めて希望の物をプレゼントするっていうのはいかがですか?」
「アマンダの欲しいものか・・・。うん、そうだな。俺のセンスは<一歩間違うと危険だ!>ってワーレンからも言われているしな・・・」
 ビッテンフェルトはすぐさま気持ちを切り替え、オイゲンの提案を受け入れる事にした。


 赤い衣装を身に着け、プレゼントを入れた袋を担いで、白い付け髭までつけたサンタクロース姿のビッテンフェルトが、妻子の待つ自宅に辿り着いた。
「ルイーゼは?」 
「残念ですが、もう寝てしまいました・・・」
「そうか、そうだよな・・・。こんな時間だし・・・。あ~あ、予定外の急ぎの仕事が舞い込んでしまって、すっかり遅くなったからな~」
「ルイーゼにはお昼寝をたっぷりさせて、夜の為に備えさせていたんですけれど・・・」
 苦笑するアマンダに、ビッテンフェルトも苦笑いで応じる。
「仕方ないさ・・・」
 そう言いながらも、娘が起きて待っているという可能性を期待していたビッテンフェルトが肩を落とす。
「フリッツ、コーヒーを入れますので、一息ついてください」
 残念がるビッテンフェルトを労うアマンダであった。


 白い口髭を汚さないように外したビッテンフェルトが、アマンダと二人でコーヒを飲み始めた。
「折角サンタクロースになったのに、肝心のルイーゼが寝てしまって残念でしたね・・・。でも、その恰好で帰ってきたから、門にいる衛視はびっくりしていたでしょう?」
「うん、目を丸くしていたよ。元帥府ですれ違った幕僚達もな!」
「でしょうね・・・」
 アマンダが、サンタクロース姿のビッテンフェルトとすれ違った人たちが、思わず振り返って二度見して驚いている姿を思い浮かべる。
 クリスマスツリーのイルミネーションの灯りの中で、夫婦水入らずでクリスマスの夜を迎えていた。只、ビッテンフェルトがサンタクロース姿なので、少しばかりロマンチックなムードからはかけ離れているが、それでも二人で心地よくクリスマス気分を味わっている。
「うん、部屋はクリスマス一色でいい感じだ。だが、ツリーがチョット貧弱だったな~。来年はもっと大きなサイズを買おう!」
「フリッツ、リビングはこのクリスマスツリーで十分ですよ。買ったばかりですし、年に一度しか使わないものが複数あっても勿体ないでしょう・・・」
(年に一回か・・・。合理的に考えればそうなんだろうが・・・)
「でもな~、俺的にはなんか物足りない!」
 不満気なビッテンフェルトに、アマンダが提案してみる。
「だったら新しく購入せず、来年は家にあるものを活用したらどうでしょう?」
「家にあるもの?クリスマスツリーなんか我が家にあったのか?」
「ええ、玄関先に大きな木が・・・」
 アマンダにそう言われて、ビッテンフェルトは自宅の玄関先にそびえ立つ木の存在を思い出した。
「おお!なるほど!あれにイルミテ-ションを施したら、いいクリスマスツリーになるな~。あの木は我が家のシンボルツリーだし、来年はそうしよう!」
 妻のアイデアに、すっかり満足するビッテンフェルトであった。
「でもフリッツ、玄関先ですので、あまり派手な飾りつけではなく、センスよくお願いしますね!」
 アマンダの牽制に、ビッテンフェルトが笑いながら応じる。
「まあ、それはそのときに考えよう!」
 自分が想像した大迫力のクリスマスツリーと、アマンダの考えているツリーとの違いを感じたビッテンフェルトは、飾り付けに対する話し合いを来年に持ち越す事にした。そしてその後、改まってアマンダに伝える。
「ところでアマンダ、済まない!ルイーゼの事ばかりに目がいって、おまえのプレゼントを買うのをすっかり忘れてしまった・・・」
「あら、私のは別にいいのですよ。クリスマスは子どもが主役のイベントですから・・・」
 深長な面差しなった夫に、何事かと思ったアマンダが、半分笑いながら伝える。
「いや、この際だから、俺はお前の欲しい物をちゃんと聞いてから買う事にした。何か欲しい物はないか?」
 自分へのプレゼントの為に、リクエストを求める夫に、アマンダが伝える。
「フリッツ、貴方は遠征から帰ってきてからずっとお忙しい中、ルイーゼの為にクリスマスに向けて準備してくださいました。それだけでも、有難いと思っています。それに、特に欲しい物はないので、私へのクリスマスプレゼントは必要ありませんよ・・・」
「また、それか・・・」
 いつも「必要ない」で済ませるアマンダに、妻の欲しがっている物を買うつもり満々だったビッテンフェルトが、少しムッとなる。
「お前に物欲がないのは認めるが、それでは俺の気が済まない。折角のクリスマスなんだし・・・」
 アマンダはご機嫌斜めになりかけたビッテンフェルトに、言い方を変えて伝えてみる。
「フリッツ、貴方は私達の為に、この家を購入してくださいました。それにドレスとかもあつらえてもらったばかりですし・・・。私は貴方から十分なプレゼントを頂いていますよ」
「この家は俺たち家族が住む為に購入したものだし、ドレスだって俺が必要だと思ったから仕立てたんであって、お前へのプレゼントとは言えない」
 ビッテンフェルトもアマンダに負けずに言い返す。
「フリッツ、私は形に現れないものもたくさん頂いています。それに、私も貴方にクリスマスプレゼントを用意していませんのでお互い様ですよ」
 アマンダの言い分に、ビッテンフェルトが言葉に詰まった。
「そ、それは、そうなのかもしれないが・・・。でも、俺は夫なのにお前の好みも判らない。だからこそ、お前が本当に欲しい物が知りたいんだ。そして、それをお前のクリスマスプレゼントにしたい!」
(夫としてスマートに贈り物をしたかったのに、結局、ここまで言わなければならないとは・・・)
 思い通りにならない展開に、ビッテンフェルトがイラつき始める。 
「フリッツ・・・。貰ってばかりの私も、是非貴方にプレゼントがしたいです。貴方が欲しい物はなんですか?」
「俺?俺の欲しい物・・・」
 アマンダからの反撃に、ビッテンフェルトが戸惑う。
(こいつは、いつもこうやってやり過ごして、決して俺に自分の物を買わせないようにする。まだ俺に遠慮があるのか?もう少し気軽に甘えて欲しいのに・・・)
 ビッテンフェルトが心の中で溜息をつく。そのとき、逆にアマンダをやり込めるいい方法が、彼の頭の中でパッと閃いた。
「俺の欲しい物は<妻の望んでいるものをプレゼントしたい!>という気持ちが叶う事だ!」
 アマンダの言葉を逆手にとったビッテンフェルトは(どうだ!)と言わんばかりの顔で、アマンダの反応を見る。
「それは、私が答えなければ叶いませんね・・・」
 苦笑いで告げるアマンダに、ビッテンフェルトが得意げになる。
「そうだ!お前が欲しい物を教える事が、俺へのプレゼントになる!」
「フリッツ・・・」
 降参したかのように軽く首を振るアマンダを、ビッテンフェルトが更に煽る。
「俺は遠慮せず、お前からのプレゼントを受け取るぞ!さあ、お前の欲しい物を教えてくれ!なんでもいいぞ!」
 自分の優勢を確信したビッテンフェルトが、得意げに言い放つ。
 口げんかに勝った子供のような顔になったビッテンフェルトに、アマンダは半分呆れながらも夫に願い出た。
「では・・・実は貴方に手作りして欲しいと思っているものがあるのですが、それでもいいですか?」
「俺の手作り?」
 見当がつかないビッテンフェルトが、目を白黒させる。
「ええ、時間があるときで構いません。庭の片隅に小さな砂場を作って貰えたら嬉しく思います」
「砂場?」
「ルイーゼは、公園に行くと砂場がお気に入りで、なかなかそこから離れなくて・・・・。もし、庭に自分専用の砂場があれば、わざわざ公園に行かなくても遊べますし、いつでも気軽に砂場遊びができますので・・・」
「それはお安い御用だが、砂場だとルイーゼの欲しいものになってしまうだろう?」
「いいえ、私が望んでいるものですから、私自身が欲しい物と言えますよ」
 今度はアマンダがそう言って、ビッテンフェルトの反応を見る。
(やっぱりそうなってしまうか・・・。全くアマンダは、ルイーゼ優先だな・・・)
 心の中で降参するビッテンフェルトは、娘絡みの要望になってしまったアマンダのリクエストを受け入れる事にした。
「判った!明日の朝、早速取り掛かろう!」
 ビッテンフェルトのこの言葉に、アマンダが慌てる。
「フリッツ、今すぐでなくても大丈夫!急ぎませんので、仕事が落ち着いて時間ができたときに作業してください!」
「いや、<思い立ったら即実行!>が、我がビッテンフェルト家の家訓だ!」
「いいえ、仕事が優先です・・・」と言いかけたアマンダの口を塞ぐように、ビッテンフェルトが自分の人差し指を妻の口を軽く当てる。そして、いたずら小僧のようにニンマリとした表情で告げる。
「大丈夫だ!仕事に影響がないようにするから♪」
 ビッテンフェルトがこんな顔になったら、もう抑えが効かなくなっている事をアマンダは承知している。
「オイゲンさんがお困りにならない程度でお願いします」
 アマンダは苦笑いで言うしかなかった。そして、調子に乗って何事も大袈裟にしたがる夫の性格も知っているので「ルイーゼ専用のお砂場ですので、くれぐれも小さなサイズでお願いしますね」と釘をさすことも忘れなかった。
 夫婦の攻防戦が、両者ともに納得できるプレゼントで落ち着いたところで、ビッテンフェルトが立ち上がった。
「さて、俺はルイーゼの枕元にプレゼントを置いてこよう!」
 ビッテンフェルトは、コーヒーを飲むとき外した白い口髭を再び自分の顔につけ、三角の帽子を被る。
「ルイーゼは寝ているのだから、わざわざ髭までつけなくても・・・」
 呆れるアマンダに、ビッテンフェルトは「こういうのは、なりきる事が大事なんだ!」と言って気合を入れる。
 そしてサンタクロースになりきったビッテンフェルトが、プレゼントが入った袋を背負い、いそいそと子ども部屋に向かった。


 子ども部屋のベットで寝ているルイーゼの枕元に、ビッテンフェルトは自分で選んだプレゼントをそっと置く。
「ルイーゼ、来年は、サンタさんの手からプレゼントを受け取るようにするんだぞ!」
 直接、娘にプレゼントを手渡したかった父親は、来年に期待してそっと呟いた。


 翌日の朝早くからビッテンフェルトは、大きなスコップを持って、庭に小さな砂場を作っていた。カラフルなレンガで仕切られたこぢんまりした砂場だが、幼児4、5人で遊ぶには充分な広さだった。
 父親が愛情を込めて作った砂場で、飽きることなく遊んでいるルイーゼを見て、ビッテンフェルトは満足であった。
 そして、何より彼を喜ばせたのは、砂場で楽しそうに遊ぶ娘を見つめている母親の笑顔だった。


<END>


≪おまけ≫
ビッテンフェルトが購入したサンタクロースの衣装は、ルイーゼに見つからないように元帥府のビッテンフェルトのロッカーに納められた。
副官や従卒達が、ビッテンフェルトの上着を出し入れする際必ず見てしまうこの赤い衣装は、年に一度の出番ながらも、その後もずっと執務室のロッカーに鎮座するのであった。

~あとがき~
ビッテンがこのとき作ったお砂場も、購入したサンタクロースの衣装も、その後何十年、それこそ孫の代まで活用されています(笑)
家族で迎えた初めてのクリスマスが、ビッテンのイベント好きの原点でした~
ビッテンが貰ったクリスマスプレゼントは、アマンダの笑顔です(^^)
そして、<夫として妻の願いを叶えた!>という満足感・・・かな(笑)