最小限の随行者で行われている皇帝のオーディン行幸だが、フロイデンの山荘へは、更に小人数となった。アレクに同行するのは侍医とキスリング、後は数名の親衛隊のみという状態で、皇帝の警護というにはいささか心細い規模だった。アンネローゼの普段の生活を壊さぬようにという配慮からである。
皇帝の行幸を迎えるにあたり、アンネローゼは周りの人々に「甥<アレク>がご機嫌伺いにくるだけなのだから普段通りで、なにも特別な事はしなくてもよい」と伝えておいたのだが、使用人達は皇帝を迎えるという前代未聞の出来事に緊張していた。彼らは<この山荘に滞在中の皇帝に、不都合があってはならぬ!>とばかりに、準備の為慌ただしく動き回っていた。
又、数日前からは、オーディンの総監でもあるメックリンガーの指示のもと、周辺の警備の大がかりな強化も行われていた。
結局、いつもは静寂な山荘の周辺が、少しばかり騒めいていた事は否めなかった。
皇帝御一行を乗せた地上車の車列は、宇宙港を後にして、帝都オーディンからグリューネワルト大公妃の山荘があるフロイデン地方に向かっていた。
アレクはオーディンの街並みを車の窓からずっと見つめていた。しかし、初めての宇宙遠征の疲れがでたのか、或いは無事オーディンにたどり着いた安堵感からなのか、いつの間にか睡魔に襲われそのまま眠ってしまった。
浅い眠りからアレクが目を覚ますと、それまで近代的な建物に囲まれていた風景が、緑が映える森の風景に替わっていた。
アレクが目覚めた事に気が付いたキスリングが、今の状況を説明する。
「陛下、もうフロイデン地方に入りました。只、目的地であるグリューネワルト大公妃の山荘までには、いま少し時間がかかります」
「そうか・・・」
次々と目に入る自然豊かな優しい緑の風景に癒されていたアレクだが、ふと、森の中に高い壁のような塀がときおり見え隠れするのに気が付いた。
「キスリング、山の中にあるあの高い塀は、いったい何の為にあるのだ?」
アレクの疑問にキスリングが応じる。
「あの塀の向こう側が、グリューネワルト大公妃の私有地となっているのです」
「なるほど」
アレクが納得する。
暫くすると地上車は、数名の門衛達が控えている門の前で停まった。門衛たちが、地上車に乗っているメンバーを確認すると門を開き、皇帝御一行を敬礼して招き入れる。
再び木々に囲まれた道を進んでいくと、遠くにY字状をなす湖が見え、その中央の突出した半島の上に、山小屋風の建物が確認できた。
「もしかして、あの建物が伯母上のお住まいなのか?」
「ええ、そうです。あれがグリューネワルト大公妃の山荘になります」
確認したアレクが、思わず呟いた。
「本当に伯母上の住んでいるところは、大自然に囲まれた森の中の一軒家なんだな・・・」
想像していたとはいえ、実際に見る伯母の住まいに、アレクが感心する。
「一軒家のように見えますが、山荘から少し離れたところに、グリューネワルト大公妃のお世話や警護をする使用人の為の建物もあります。今回、私達もそこに詰めて、陛下の警護を致します。勿論、陛下とグリューネワルト大公妃の交流の妨げにならないように充分配慮は致しますので。それにこの山荘の敷地内には、見た目には判らぬようにいたるところに不審者の侵入を防ぐ為の近代的な警備網を張り巡らせております。ですので、陛下もご安心してお過ごし下さい」
アレクが頷く。
「確かに!この敷地内で世捨て人のように暮らしている御婦人は、皇帝である私の大切な伯母上だ。不審者もそうだがテロリストなどのいかなる脅威からも伯母上を守らなくてはならない・・・」
「仰るとおりです」
キスリングが同意する。
「やっと・・・、やっと伯母上に逢える」
期待と不安が入り混じるアレクが、遠くに見える山荘を見つめながら呟いた。
アレクを乗せた地上車が、先程見えた山荘とは違う別の建物の前にたどり着いた。
そこにはグリューネワルト大公妃に仕える使用人達が、皇帝を出迎る為並んで待ち構えていた。車から降り立ったアレクは、出迎えた人々に挨拶をし始める。そして、ある若い女性を見てピンときたアレクが声をかけた。
「もしかして、貴女が伯母上と一緒に住んでいるモーデル夫人ですか?」
「ええ、そうです陛下。私がグリューネワルト大公妃さまに仕えるマリアンヌ・モーデルと申します」
アンネローゼと一緒に住んでいる女官のマリアンヌが、初めて逢う皇帝に頭を深く下げて挨拶をする。そんなマリアンヌに、アレクがにこやかに告げた。
「やはり、思っていたとおりのお人だ。初めまして。貴女の事は伯母からいろいろ聞いております。伯母に尽くして下さって、ありがとうございます」
「まあ・・・」
皇帝からの予想外の謝礼の言葉に、マリアンヌは驚き、一瞬言葉を失った。その後、恐縮しながらも慌てて返事をする。
「陛下、身に余るお言葉を頂き、光栄に存じます」
アレクが自分が世話をしているアンネローゼの甥だと、マリアンヌとて理解している。只、目の前で厳重な警護に囲まれたアレクを見て、改めて彼が雲の上の存在である皇帝だという事が、彼女の中でクローズアップされていた。慎重に対応しなければと緊張していたところに、アレクの思いがけない労りの言葉を賜り、マリアンヌは肩の力が抜けるような感覚になった。そして、緊張がほどけスムーズに声が出る。
「陛下、私がグリューネワルト大公妃さまのお住まいまでご案内致します」
アレクが小さく頷いた。
「こちらの道を真っすぐ進みます」
マリアンヌが森の中の一本道を示し、その後、アレクの少し後ろに楚々と控えた。道案内とはいえ皇帝の前を歩くことが憚られたのである。そんなマリアンヌに、アレクが声をかける。
「モーデル夫人、どうか私の隣に来て下さいませんか?折角なので、少し話をしながら歩きましょう」
<自分の隣に来るように!>と告げるアレクに、マリアンヌが思わず後ろを振り返って、護衛の親衛隊の許可を窺った。そして、隊長のキスリングの(どうぞ、遠慮なさらずに)と促す仕草に推されたマリアンヌが、「畏まりました」と返事をするとアレクの横についた。
アレクとマリアンヌが連れ立って歩き始めると、すぐ後ろに控えていたキスリングは、さり気なく二人と親衛隊の距離を、会話が聞こえない程度に開けていた。
「伯母上からの手紙には、貴方の名がよく出てきます。何年も前から知っている名前の人だから、実際のところ今回が初対面のような気がしません」
「私も、陛下の事は、アンネローゼさまからいろいろ伺っております」
「ほう?いったい伯母上は、私の事を貴女にどんなふうに伝えているのかな?是非、教えてください」
興味津々になったアレクが問いかける。
「そうですね。アンネローゼさまは陛下が手紙で知らせてくれることを、私にも教えて下さいます。陛下が少年の頃、お友達のフェリックスさまと王宮の抜け道を探検したお話などはとても面白うございました」
身に覚えがある昔の武勇伝に、アレクが驚く。
「そんな昔のことまで?・・・なるほど、私とモーデル夫人は、初対面とはいえ実際のところ、伯母上を挟んでお互いをかなり知っているという事になりますね」
「ええ、恐れながらそういう事になります。ですので、陛下はこの山荘に滞在している間は、遠慮なさらずなんでも私にお申し付けくださいませ」
屈託のない笑顔を見せて伝えるマリアンヌに、少し考えたアレクが問いかける。
「・・・では、早速だがモーデル夫人、貴女にちょっと訊きたいことがあるのですが・・・」
「はい、何でしょう、陛下」
改まって話すアレクに、マリアンヌも慎重な顔になる。
「今回の私の訪問は、伯母上の負担になっているという事はありませんか?」
意外な質問に、マリアンヌが目を丸くする。
「・・・陛下は、どうしてそんなふうにお思いになるのですか?」
「いや、このように大人数で押し掛けて、伯母上の静かな日常を壊してしまっているのは確かだし・・・」
アレクの言葉に、マリアンヌが首を振って応じる。
「ご安心ください、陛下。アンネローゼさまは、甥である陛下との再会を、心待ちにしておられます」
「本当に?」
「陛下、アンネローゼさまの一番そばにいる私の言葉を、どうぞ信じて下さいませ。陛下の心配は無用の事と存じます」
「あっ・・・済まない。別に君の言葉を疑っているわけではない。だが、いろいろ考えてしまって・・・」
アレクが苦笑する。
「陛下のそのお悩みは、アンネローゼさまにお逢いすれば、一瞬で解消される事でしょう」
自信たっぷりに笑うマリアンヌを見て、アレクも安心したように頷いた。
窓から美しい湖が見える山荘の応接間で、アンネローゼは甥のアレクを待っていた。
ここで生涯を終えようと考えていたアンネローゼにとって、遥か遠いフェザーンにいる義妹<ヒルダ>や甥<アレク>とは、もう逢う事もないと思っていた。二人と時折交わす手紙での交流で、充分満足していたのである。
思いがけなくアレクと再会する運びとなったわけだが、その意味にアンネローゼは気が付いていた。
義妹<ヒルダ>からの手紙に、
<フェザーンで一緒に暮らしませんか?>という誘いが幾度かあった
恐らくアレクがここに来る目的も同じものだろう
自分の居場所を変えるつもりはない
只、母親<ヒルダ>の期待を担っているアレクの気持ちを考えると・・・
アレクが宇宙を越えてこの山荘を訪ねてくる事を知ったとき、アンネローゼは驚き、そして戸惑った。しかし、時間が経つにつれて、自分でも驚くほどアレクに逢いたいという気持ちが高まってきた。
まるで封印していた扉が解放されたかのように、再会への期待と喜びで心が満ち溢れていくのを、アンネローゼは感じていた。
「アンネローゼさま、陛下がいらっしゃいました」
案内をしてきたマリアンヌが、ドアを開けてアレクを部屋に招き入れる。
「伯母上、ごきげんよう。アレクです」
「陛下、遠いところをよく来てくださいました・・・」
久しぶりに逢う伯母と甥が、感激の面持ちで見つめ合っている
「まあ、なんといったらいいのでしょう。赤ちゃんだった貴方が、こんなに大きくなって私の目の前にいるなんて・・・。成長していく姿を写真で知っている筈なのに、実際に本人に逢うと、こんなにも感激するものなのですね・・・」
目を潤ませながら喜んでいるアンネローゼを見て、アレクも先ほどまで抱えてきた不安が一瞬で消え、(伯母上に逢う為、オーディンまで来て良かった)と素直に再会を喜んだ。
「伯母上、私も、伯母上とこうして直接逢える事を、ずっと楽しみにしておりました。こうして実際に伯母上を目の前にして、本当に嬉しく思います」
「ええ、私も陛下とお逢いできて心から嬉しく思います」
アレクとアンネローゼはお互い抱き合い、直接逢えた喜びを分かち合う。そんな二人を見つめるマリアンヌも、共感してつい涙ぐむのであった。
暫く感激の余韻に浸っていたアンネローゼだが、涙ぐむマリアンヌに気が付いて、アレクに紹介する。
「陛下、いつも手紙で知らせているマリアンヌです。ずっと一緒に住んでいますので、私にとっては妹のような存在です」
「まあ、アンネローゼさま、妹とは!そんな恐れ多い」
恐縮したマリアンヌが、首を振っている。
そんな二人を目の前にしたアレクが伝える。
「確かに、こうして二人が並んでいるのを見ると、お互い髪も瞳も同じ色だし顔の印象もよく似ている。本当に、姉妹といってもいいぐらいだ」
「ええ、陛下、周りからもよくそう言われます。血縁があるという訳ではないのですが、ずっと一緒に暮らしているうちに、お互いに影響を受けて似てくるのかも知れませんね」
アンネローゼがマリアンヌを見つめて伝えた。マリアンヌも嬉しそうに告げる。
「私にとってお慕いしているアンネローゼさまに似ていると思われるのは、とても光栄な事です」
「ええ、私も可愛い妹がいて嬉しいわ」
アレクに似ていると言われた二人が、顔を見合わせて微笑む。
お互いの挨拶を済ませたところで、マリアンヌが応接間にお茶のセットを用意した。
「あら、マリアンヌ、貴女の分のお茶はどうしたの?貴女もここにいて一緒にお話ししましょう」
二人分のお茶しか持ってこないマリアンヌを見て、アンネローゼが不思議そうに告げる。
「いえ、アンネローゼさま。折角、陛下が来てくださったのですから、今日はどうぞ、お二人で・・・」
マリアンヌの言葉に、アンネローゼが眉を顰めた。
「マリアンヌ、そんな水臭い事を言わないで頂戴」
伯母に同意したアレクも続いた。
「そうです。モーデル夫人、是非ご一緒に。伯母上にとって大切な人は、私にとっても大切な人です。遠慮なさらずに三人でお話をしましょう」
「ほら、マリアンヌ、陛下もこう仰っています。それに、これから暫く三人でこの山荘で過ごす事になるのですから、今後の為にもまずお互い親交を深めるべきですよ」
二人がかりで誘われたマリアンヌは頷くと、素直にお茶に呼ばれる。
「判りました。では、お言葉に甘えて、有難く同席させて頂きます」
こうして、三人の楽しい時間が始まったのである。
「伯母上、どうか私の事を、アレクと呼んでくださいませんか?生まれてすぐ皇帝になった私は、陛下と呼ばれるのが当たり前になっていて、誰も名前では呼ばない。せめて伯母上からは、アレクと名前で呼んで頂きたい」
思いがけないアレクの提案に、アンネローゼが不思議そうに尋ねる。
「まあ、誰も陛下の事を、名前でお呼びしないのですか?」
「ええ、一緒に暮らしていた祖父は、孫の私の事は名前で呼んでいましたが、ご存知のとおり祖父は昨年亡くなりました。名前で呼び合っていた親友のフェリックスさえも、士官学校に進んでからは私の事を<陛下>と呼ぶようになってしまったし・・・」
「あら、ヒルダさんは?息子である貴方の事は、名前で呼ぶのでしょう?」
「母上は・・・あの人は忙しい方だから・・・」
そう言って軽く笑みを浮かべたアレクが、目の前のコーヒーを目を伏せながら口を付ける。
そんなアレクの複雑そうな表情を見て、思わずアンネローゼとマリアンヌが顔を見合わる。
二人とも一瞬で、アレクとヒルダの何やら不自然な親子関係を察したようだった。しかし、アンネローゼは敢えてそれに触れず伝える。
「判りました、アレク。では、私は貴方の事を陛下ではなく名前で呼びましょう。マリアンヌも陛下ではなくアレクと呼ぶように!」
「まあ、アンネローゼさま、私まで陛下のことを、名前でお呼びするのですか?」
(勿論!)とばかりに、アンネローゼが大きく頷く。
「ええ、この山荘にいる間のアレクは、皇帝である前に私に逢いに来てくれた可愛い甥。マリアンヌも、アレクの事は知り合いの男の子が来たと思って接してくださいネ」
「知り合いの男の子・・・ですか?」
(この世界を支配する銀河帝国の皇帝を、知り合いの男の子と思って接するのは、流石に無理があるのでは・・・)とマリアンヌが苦笑しながら、アレクの反応を窺う。
アレクは照れたように、頭を掻いていた。
「男の子か・・・。参ったな~。伯母上にとって、私はそんなに小さな子どもに見えてしまうのですか?」
苦笑するアレクを見て、アンネローゼがいたずらっぽく笑った。
そんな伯母と甥のやりとりを見て、マリアンヌも微笑みながら返事をする。
「判りました。では私は、陛下の事を<アレクさま>とお呼び致します。流石に陛下の事を、呼び捨てにするわけにはいきませんから」
「ええ、それでいいわ。アレクも、マリアンヌの事はモーデル夫人とは呼ばずマリアンヌと名前で呼びなさいね」
アレクも素直に頷き、了解の意を示す。そんなアレクに、マリアンヌが付け加えるように伝える。
「アレクさま、もし誰かがそばにいらっしゃる場合は、アレクさまではなく陛下とお呼びする事をご了承くださいませ」
「判った。モーデル、あっ、いや、マ、マリアンヌ」
ついぎこちない返事となったアレクが、頬を赤らめ照れている。
「そうね。名前で呼び合う事は、三人でいるときだけの約束事にしましょう。その方が何かと無難だし。それに、三人だけの内緒事というのは、なんだか秘密の作戦みたいでワクワクするわね」
若い娘のように無邪気に笑うマリアンヌを見て、アレクもマリアンヌもにこやかに頷いた。
「さあ、アレク、私にいろいろ教えて頂戴。手紙では書ききれなかった貴方の今までの出来事を!」
「はい、私も伯母上に聞きたい事、話したい事がたくさんあります」
「ええ、勿論、伺いますよ!時間はたっぷりあるのですから・・・」
同じ血を分け合う者同志の繋がりなのか、長年手紙のやりとりで親交を温めていたお陰なのか、アレクとアンネローゼはあっという間に親しくなった。そして、初対面の筈のアレクとマリアンヌも、名前で呼び合うという効果なのか、お互い堅苦しくならずに、すぐに打ち解ける事が出来た。
その日は夜が更けるまで、三人で尽きる事のない話で盛り上がったのである。
今回の皇帝のオーディン行幸の大事な目的のひとつであるアレクとアンネローゼの再会が無事達成されていた頃、ビッテンフェルトもオーディンの総監であるメックリンガーとの再会を果たしていた。
久しぶりに逢う年上の僚友との満ち足りた時間を過ごしたビッテンフェルトが、メックリンガーの元帥府を後にする。そんな彼の元に、別行動していたオイゲンが駆け寄ってきた。
「閣下、例の作戦は上手くいきそうです」
「おう、そうか。ご苦労であった」
ビッテンフェルトがニンマリする。
オイゲンが言う例の作戦とは、貴族の閣僚達の移動に使う客船仕立ての輸送艦を改装する作業の事である。
遠征の往路を黒色槍騎兵艦隊の旗艦<王虎>で過ごしたアレクだが、復路は改装した輸送艦でゆっくりとくつろいで貰いたいとビッテンフェルトは考えたのである。
外装を黒色槍騎兵艦隊の中にいても目立たぬように全て黒に塗り替え、内装も皇帝とグリューネワルト大公妃が過ごすのに相応しい空間として新たに整えるという大がかりなものであった。本来ならばこのような艦の改装は、急いでも一ヶ月はかかりそうなものである。それを、アレクの滞在期間に終わらせて欲しいという無茶振りな要求に、現場の作業員は困った。だが、ビッテンフェルトとメックリンガーという両元帥の要望と、その副官たちの見事な交渉術によって、突貫工事でやり切る事となったのである。
ビッテンフェルト自身、アンネローゼがアレクと共にフェザーンに来てくれる事は難しいと思っている。だが、万に一つの可能性をかけて彼は、その準備を進めていたのであった。
その後もオイゲンの報告が続く。
「フロイデン地方に向かわれた陛下はグリューネワルト大公妃との対面を無事に終えて、お住まいである山荘で健やかに過ごされているようです。又、周辺の警備に関しても万全で異常なしという報告を受けております。更に、オーディン空域で待機している我が黒色槍騎兵艦隊からも、訓練は順調に進んでいるとの報告がありました」
「ふむ」
「王宮の役員や貴族達もそれぞれ無難に過ごしているようですし、閣下も今のうちに休養をとることをお勧めします」
(プライベートタイムに入っても大丈夫ですよ!)と言わんばかりのオイゲンに、その意を察したビッテンフェルトが伝える。
「そうか。だったら俺、ちょっとした野暮用をしてから、ホテルに戻る」
「御意!」
地上車を運転するビッテンフェルトが、バックミラー越しに見送る副官を見つめる。アマンダから頼まれた指輪の事は、オイゲンには話してはいない。それでもなんだか知っているようなオイゲンの様子に(あいつも俺と付き合いが長い分、何か気が付いていたんだろう)と、副官の気遣いを有難く思うのであった。
地上車を走らせたビッテンフェルトは、オーディンの郊外にある帝国軍人戦没者記念墓地に降り立つ。そして、広い霊園の中を確認しながら、目的の場所を探す。
「第2区2-268号・・・ここが奴<あいつ>の眠る場所か」
探し当てた墓の前で、ビッテンフェルトが呟いた。
「アルベルト、やっとお前に逢えたな・・・・」
しゃがみ込んだビッテンフェルトが、胸ポケットに入れてあったアマンダから託された指輪を取り出す。そして、墓前に供えた。
アルベルト、
これは、アマンダから預かったお前達の結婚指輪だ
この指輪を、
お前のところに収めて欲しいって
アマンダに頼まれたんだ
あいつとしては、
自分の手で収めたかったとは思うが、
知ってのとおり、
今はお前と同じ場所に逝ってしまった・・・
昔、ここに<オーディン>に戻ろうとしていたアマンダを
強引にフェザーンに引き留めたのは俺だ
あれから、
あっという間に月日が流れた
ここに来るのが、
すっかり遅くなってしまって
スマンな
だが、お前の代わりに
あいつを幸せにしたのも俺だぞ
それでチャラにしてくれ
この指輪は、
お前からアマンダの指に嵌めてやってくれ
但し、
今、あいつについている俺との指輪は、外すなよ
アマンダの薬指に
指輪が二つ重なっていてもいいじゃないか
それと、俺からの頼み事を聞いてくれるか?
お前とアマンダ
二人で、空の上から
子ども達を見守って欲しいんだ
上の子の名前はルイーゼといって、
今は思春期の難しいお年頃だ
下の子の名前はヨゼフィーネだ
まだ幼くて、甘えん坊で
母親<アマンダ>によく似ている
・・・頼むぜ
アマンダの遺言ともいえるミッションを無事成し遂げたビッテンフェルトが、ゆっくりと立ち上がる。そのとき、ふと自分の後ろの気配に気が付き、彼は思わず振り返った。
ひっそりとした霊園の中の少し離れた場所に、一人の男性が立っているのが、ビッテンフェルトの目に入った
その男性は、振り返ったビッテンフェルトが自分の存在に気が付いた事を知って、墓前の方に向かってきた。
近寄ってきた男性の黒のキャソック姿から、ビッテンフェルトは彼が神父である事に気が付いた。
その神父は、ビッテンフェルトの目の前に来ると、一礼して声をかける。
「初めまして、ビッテンフェルト元帥でいらっしゃいますね」
「いかにも・・・」
確認する神父同様、ビッテンフェルトも彼に対して見覚えが無い分、お互い今回が初対面と思われた。
<何故、面識のないこの神父が、突然自分の前に現れたのか?>と、疑問を持ったビッテンフェルトは、彼を見つめながらその意図を探っていた。
<続く>