<ヨゼフィーネの会見が、士官学校で執り行われる>という情報が流れ、それまでビッテンフェルト家やミッターマイヤー家で待機していたマスコミの多くが、士官学校に移動してきた。増えてしまった報道陣の為、士官学校は施設の一部を開放し、彼らを受け入れていた。
そんななか、宇宙港に練習艦サラマンドル(火竜)が帰還する。
不思議な事に、ヨゼフィーネが宇宙実習の引率をしているという情報は、外部にはそれほど漏れずにいた。士官学校の関係者や学生達の口も堅かったせいもあるが、マスコミはヨゼフィーネは陛下の行啓があったビッテンフェルト家か、又は自宅に籠っていると踏んで、それぞれの家の前でずっと見張っていたのである。
従って、ヨゼフィーネも学生達と共に、士官学校にすんなり戻る事ができた。
学長のワーレンに、引率教官として実習終了の報告をしたヨゼフィーネが、早速フェリックスの元に駆け寄る。
「フェリックス、今、どんな状況なの?」
「我が家とビッテンフェルト家に、王宮の警備兵が出向いて警備しているし、士官学校は見ての通り学生達が頑張っている」
「王宮の警備兵が、我が家とビッテンフェルト家の警護をしているの?」
ヨゼフィーネが、自宅と実家を、王宮の警備兵が守っている事に驚いた。
「王宮の警備兵を出したのは、陛下の御命令だ。陛下はまだ声明を出していないが、我が家と君の実家を自分の警備兵で守らせることで、今回の報道を認めたという意志表示だろう。計画だとマスコミに知られた段階で、陛下が声明を出し君を公表する予定だった。だが、タイミング悪く君が宇宙に行っているときに事は起きたからね。それで陛下は、君の帰還予定を訊いて一日くらいなら待ちたいと言い出したんだ。君がいないところで、自分の声明を出すのは避けたかったらしい」
「陛下は、私が戻ってくるのを待ってくださった・・・」
「うん、それで空いた一日を利用して、昨日ビッテンフェルト家を正式に行幸された」
「父上と逢う為に?」
「そう。陛下自ら義父上を説得して、レオンハルト皇子の後見人を務めてもらうことになったよ」
「父上がレオンハルト皇子の後見人を・・・」
ビッテンフェルトが軍人を退役するときも、その話は持ち上がった。しかし、本人が嫌がり立ち消えた話だけに、ヨゼフィーネは意外な気がした。
「皇妃や皇太后もそれを強く望んだし、レオンハルト皇子の祖父と世間に公表される事もあって、さすがの義父上も断り切れなかったんだろう。只、貴族の称号の下賜の条件は固く辞退して、ただのジジイで良ければ後見人を引き受けると言ったそうだ」
「父上らしい・・・」
ヨゼフィーネが<クスツ>と笑う。
「これで、義父上も忙しくなるよ。まあ、張り合いが出来てよかったんじゃないかな」
「そうかも知れないわ」
退役してからおとなしくなった父親が、孫のレオンハルトの為に復活する様子が予想され、ヨゼフィーネも思わず頷く。
「それで、レオンハルト皇子のご様子は?」
ヨゼフィーネがずっと気になっていた事を訊ねる。
「レオンハルト皇子は、この騒動を冷静に受け止めているよ。むしろ、彼はヨーゼフの方を心配していた」
「あら、ヨーゼフ、なにかあったの?」
「学校の友達から、君や義父上の事を<お金を貰った代理母>とか<出世の為に娘を陛下にさし出した>と言われ、随分おかんむりだったらしい。ミュラー夫人が宥めてくれたようだが・・・」
「まあ・・・。でも、世間から見れば、それが一般的な反応でしょうね・・・」
ヨゼフィーネが苦笑する。
「義父上は、君が帰って来るのを見計らって、ハルツの別荘に向かうと言っていた。今頃はエルフィー達と一緒にいるかな。会見の中継はあっちで見届けるらしい。家にいると、あちこちの貴族から会談や招待の申し込みがあって落ち着かないらしくてね。ビッテンフェルト家にはオイゲン夫妻が来てくれて、ミーネさんと共に留守番をしている。我が家の方は、親父が取り計らっているから心配いらないよ」
「結局、みんなを巻き込んでしまったわね・・・」
「大丈夫!一時的なものだよ。君の会見が終わったら、騒動は治まる」
「そうかしら・・・」
心配そうなヨゼフィーネに、フェリックスが伝える。
「陛下は、君の<レオンハルト皇子の生母として公式の場に出るのは、公表に伴う会見の一度だけで終わらせたい!>という希望を叶える為、報道協定を結ぶという手段をとった。協定は君の会見の終了後、直ちに効力が発揮される。待機しているマスコミは引き払う事になるし、報道関係者は協定があるから直接君への取材はできなくなる。只、軍人としての君への取材までは規制していないから、軍の広報には取材の申し込みが入るかもしれないが・・・」
「そういう仕組みになったの・・・」
ヨゼフィーネがフェリックスに確認する。
「うん。でも、マスコミが欲しいレオンハルト皇子が絡む君の情報は、きっと軍では手に入らない。結局、彼らは後見人の義父上から、情報を手に入れようとするだろうな!だから、義父上が君の丁度いい防波堤になるさ。只、マスコミの注目が、エルフィーに向けられる事は、覚悟しないといけない」
「私に直接取材できない分、マスコミの目がエルフィーに向けられるっていう事かしら?」
一瞬、顔を曇らせたヨゼフィーネに、フェリックスが説明する。
「いや、君に取材の規制がかからなくても、エルフィーは注目されるよ。レオンハルト皇子の妹だし、それでなくてもローエングラム王朝は血縁関係が乏しいから・・・。でも、君がエルフィーのそばにいれば、マスコミは手出しできなくなる分、却って守られるよ。むしろ、俺や親父達がエルフィーと一緒にいるときの方が、マスコミからは狙われるかも知れないな」
「陛下は、私にエルフィーを守らせる為にも、報道協定を結んでくださったのね」
ヨゼフィーネがアレクの意図を理解する。
「陛下は元々君に、レオンハルト皇子の生母としてそれなりの地位を与えたいと思っていた。だが、君や義父上に関しては、それはありがた迷惑になるだろう。でも、陛下の気持ちを考えて、せめてエルフィーをマスコミから守る権限ぐらいは貰ってもいいんじゃないかな」
「ええ、ありがたく頂くわ」
夫の言葉に、ヨゼフィーネも素直に頷く。
「親父も俺も、当分の間はエルフィーの周りには気を付けるよ。エルフィーをマスコミから隠すつもりはないが、わざわざ宣伝するつもりもない。そのうちマスコミと俺たち家族の間に、程よい距離感が生まれてくれたらいいかなと思っている。とりあえず、今までと同じように過ごして様子を見よう」
「そうね。公表した以上、マスコミともうまくやっていかないとね。レオンハルト皇子とエルフィーの兄妹としての交流を、自然な形で見守って貰いたいし・・」
ヨゼフィーネも夫の意見に同意する。
「両陛下から君に伝言を承っている」
「何かしら?」
改まって話すフェリックスに、ヨゼフィーネも表情を引き締める。
「会見では陛下や皇妃に遠慮せず、自分の心のまま語って欲しいと仰っていた」
「ええ、了承したわ」
ヨゼフィーネが夫の目を見て頷いた。
「さて、帰ってきたばかりで申し訳ないが、もうすぐ陛下の声明が発表される時間になる。会場に急ごう」
二人は会見の会場に、移動し始めた。
控室にいたヨゼフィーネとフェリックスの前に、スーザンが顔を出した。
「会見前に逢えてよかった~。お帰りなさい、フィーネ」
忙しく走り回っていたスーザンが、帰還したヨゼフィーネと、やっと会う事が出来た。
「スーザン、今まで隠していてごめんなさい・・・」
ヨゼフィーネがスーザンに、レオンハルトとの関係を秘密にしていた事を謝った。
「あら、フィーネは隠してなんかいなかったわよ!レオンハルト皇子もあなたも、結構、母と子である事を主張していたから、私、気が付いていたし・・・」
「えっ?」
自分とレオンハルトの関係を知っていたというスーザンに、ヨゼフィーネが驚いた。
「レオンハルト皇子が士官学校に見学に来ていたとき、二人とも母と子のオーラを、バンバン出していたからね♪」
いたずらっぽく笑うスーザンに、ヨゼフィーネが目を丸くする。
思わずヨゼフィーネは、フェリックスに(私、そんな感じだったの?)と目で確認した。疑問を投げられた夫の方は(いや、俺には判らない・・・)と、妻に向かって軽く首を振る。
そんな夫婦のやり取りを笑いながら見ていたスーザンが、ヨゼフィーネに伝える。
「フィーネは事実を隠していた訳ではなくて、誰も訊かなかったから答えなかっただけよ!でも、この会見では質問攻めにされるわ!覚悟はいい!」
「ええ、陛下や皇妃さまから<自分の心のままで話していい>というお言葉を頂いたわ。どんな質問にも、誤魔化さず真摯な思いで答えるわ」
「そうね。フィーネは、学生達のどんな質問にも誠実に応じるでしょう!それと同じよ。学生達には貴方の熱意は伝わっているんだから、マスコミ側にも会見を見ている人達にも判って貰えるわよ。肩の力を抜いて、いつも通りにね!」
「スーザン、ありがとう」
スーザンの励ましに、ヨゼフィーネが礼を言う。
「あのね、報道陣の代表のベッカー氏が、会見の前にフィーネに逢いたいって申し出ているけれど、どうする?」
スーザンが二人に訊いてきた。
「ベッカーが代表か・・・。彼は、新聞社で何年も王室を担当している記者だから、俺は知っているが、フィーネは知らないだろう?彼が質問者になるだろうし、一応、顔合わせしておいた方がいいかも知れない」
フェリックスが妻を促す。
「スーザン、お願いするわ」
ヨゼフィーネの言葉に応じて、スーザンがベッカーを部屋に招き入れた。
報道陣の代表のベッカーとヨゼフィーネが、初対面の挨拶を交わす。
「貴女の事は、ロイエンタール夫人とお呼びした方がいいでしょうか?それとも軍人としてビッテンフェルト少佐とお呼びしますか?」
ベッカーの問いかけに、ヨゼフィーネが返答する。
「軍服を着ているときは、軍人としてお願いします」
「では、ビッテンフェルト少佐とお呼びします。会見でも、同じように呼ぶ事でよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
ヨゼフィーネが頷く。
「判りました。ところでビッテンフェルト少佐、ミーネさんは御達者ですか?」
「はい、元気ですが・・・。あの~、ミーネさんを御存じなのですか?」
ビッテンフェルト家に長年仕え、家族同様のミーネの事を訊いてきたベッカーに、驚いたヨゼフィーネが逆に聞き返した。
「昔、貴方の姉上のワーレン夫人が、まだ陛下の皇妃候補であった頃、私は仕事で、彼女をマークしていました。でも、新米だったこともあり、チョット度が過ぎて、ミーネさんから叱られた事があります」
「まあ、そうでしたの」
「当時の上司にその事を報告すると『黒色槍騎兵艦隊が、新聞社に怒鳴り込んできたらどうするんだ~』と怒られ、恐れた私はすぐにビッテンフェルト家に謝罪に向かいました」
笑って話すベッカーの思い出話に、少し緊張していたヨゼフィーネの顔にも笑みが零れる。
「会見では、私が報道陣を代表して質問を担当します。不思議なご縁で、またビッテンフェルト家の御令嬢に関わる事になりましたが、どうぞ宜しくお願いします」
「私の方こそ、宜しくお願いします」
ミーネの話題で緊張をほぐした両者が、本題に入る。
「さて、ビッテンフェルト少佐の会見は、今回が最初で最後になるという事ですし、その後は、報道協定の為、貴方への取材が出来なくなります。従って、私は報道関係の代表者として、この会見でできるだけの質問をさせて頂きたいと思っています。ビッテンフェルト少佐にとっては、かなり突っ込んだ質問になるかも知れません。それで、<これだけは触れないで欲しい>という部分がありましたら、参考にしたいので、教えていただけないでしょうか?」
そのように問い掛けたベッカーに、ヨゼフィーネが応じる。
「質問に対しては出来る限り応じたいと思います。只、お願いが二つあります。まず<陛下の名誉を守る>という事、もうひとつは<レオンハルト皇子を傷つけるような質問は、控えて欲しい>という事です」
ヨゼフィーネの希望を聞いたフェリックスが、妻のアレクに対する気遣いを知り、軽く微笑む。
「判りました。こちらの方も、それを踏まえて質問しましょう。しかし、この会見で貴方の口から事実を言わないと、世間には憶測やいい加減な噂が広がる可能性がありますよ」
ベッカーの忠告に、ヨゼフィーネが首を振る。
「もう過ぎた過去の事ですから・・・」
「貴方のお気持ちは判ります。しかし、私は報道の代表者として、昔のことも質問させていただきます。もし、貴方が答えたくない場合は、ノーコメントでも構いませんよ」
強気のベッカーに、心配したフェリックスが思わず伝えた。
「ベッカー、どうか、お手柔らかに頼む!」
妻を気遣うフェリックスの様子を見て、軽く笑ったベッカーがヨゼフィーネに質問する。
「ビッテンフェルト少佐は、なぜロイエンタール准将と結婚したんですか?オフレコにしますので、教えてもらえないでしょうか?」
「彼を愛するようになったからです」
ヨゼフィーネがあっさりと、一言で説明する。
「最初の出合いは?」
更に食い下がるベッカーに、フェリックスが声をかける。
「陛下の声明が始まる時間だ。もう、いいだろう!」
苦い顔のフェリックスに、ベッカーが伝える。
「ロイエンタール准将、そんな顔をしなくても・・・。大丈夫ですよ!私だって王室からは睨まれたくはありませんから、質問には言葉を選びます。それに、ワーレン夫人のときはバックに黒色槍騎兵艦隊が付いていて、私達は恐れていました。そして、ロイエンタール夫人には、将来の士官たちで結成されている親衛隊が付いてますから、無茶な事はできませんよ」
「親衛隊?」
ベッカーの言葉に、フェリックスとヨゼフィーネが声を揃えて問い掛ける。
「今回、私は、第一報が入ってから、ずっと士官学校に詰めています。ここの学生達からは、貴方を守りたいという気持ちがヒシヒシと伝わってきますよ」
「・・・どの子も、私の大切な教え子達です」
ヨゼフィーネが嬉しそうに伝えた。
肩を竦めて笑ったベッカーが、控室から出て行く。
ベッカーが去り、夫婦二人っきりになったところで、フェリックスが改めて確認する。
「フィーネ、本当に一人で大丈夫かい?ベッカーは結構、遠慮なく突っ込んでくるタイプの記者だから、俺が隣に座ってサポートしようか?」
「いいえ!フェリックス、家庭にいるときは、妻としてあなたに甘えさせて頂戴。でも、ここは私の職場だし、軍人として、そして教官として、マスコミや学生たちに弱い部分は見せたくないわ!」
ヨゼフィーネが、心配するフェリックスの申し出をはっきりと断った。
「それに<軍人である以上、自分の目で状況を確認して、冷静的に判断をした方がいい!>と私に教えてくれたのはフェリックス、あなたなのよ!だから、ニーベルング艦にいたときも、ブラックホールに引き込まれずに生き延びられた・・・。今回も、会見の様子を自分の目で確認しながら状況判断するわ!」
ヨゼフィーネの言い分に、フェリックスは「ニーベルング艦のときは、俺は寿命が縮まったが・・・」と笑いながら告げる。
「今もそんな感じなの?」
「いや、さすがに今回は大丈夫だよ。それに、君の姿が見える場所にいるから、何かあったらすぐ駆けつけられるし・・・」
「あなたが見守ってくれる。それだけで、私は充分心強いわ」
ヨゼフィーネが頷く。
「俺は、報道陣の後ろに控えている。何かあったら俺にサインを送ってくれ!すぐ対処するし、場合によっては俺が代わりに質問に答えるよ」
心配顔で伝える夫に、ヨゼフィーネが応じる。
「フェリックス、心配しないで!それに、今は宇宙から帰ってきたばかりだから、エネルギーは充電済みだし・・・」
笑顔を浮かべるヨゼフィーネに、(緊張しているのは俺の方だな・・・)と自覚したフェリックスが苦笑いをする。
世間が注目する舞台に、堂々と立ち向かっていく妻を見て、フェリックスは頼もしささえ感じていた。
昔、レオンハルトを描いたエリスのスケッチブックを見て、自分の胸の中で泣き崩れていたヨゼフィーネの面影は、もうすっかりなくなっている。
「宇宙のパワーは凄いな。それとも、君が強くなったのかな?」
「両方よ!それに、私に<もっと強くなるべきだ!>といったのはあなたよ。昔、初めて二人でハルツの別荘で過ごしたとき、そう言われたわ。忘れたの?」
「いや、確かに、君にそう言ったのは憶えているが・・・ここまで強くなるとは思わなかった・・・」
フェリックスの苦笑する様子に、ヨゼフィーネもつい含み笑いになっていた。
会見の会場には、多くの報道陣が集まり、その周りを囲むように学生達が直立不動で警備していた。会場には大きなスクリーンが用意され、陛下の声明を中継する準備も整っていた。
時間になり、スクリーンに皇帝の映像が中継される。
人々が注目する中で、アレクがはっきりと宣言する。
「私の息子、レオンハルトは、私とヨゼフィーネ・フォン・ロイエンタールとの間に生まれた子である。彼女が、ローエングラム王朝の後継者でもあるレオンハルトを産んだ。そして、大切な息子を私達夫婦に託してくれた。レオンハルトには、育ての母であるマリアンヌの他に、血のつながりのあるヨゼフィーネの二人の母親がいる事になる。尚、今後は、祖父であるビッテンフェルト元帥を、レオンハルトの後見人とする!」
一気に話したアレクが、一呼吸置く。そして、再び話し始める。
「私のこの声明の終了後、ヨゼフィーネ・フォン・ロイエンタール本人の会見が行われるが、彼女がレオンハルトの生母として公式の場に臨むのは、今回が最初で最後となる。皇帝である私の名において、会見が終了次第、ヨゼフィーネ・フォン・ロイエンタールに対する取材は全面的に規制する」
アレクの声明は終わった。昔、レオンハルトのお披露目のときと同じように、生母であるヨゼフィーネのプライベートを守ろうとするアレクの声明に、人々はこのあとのヨゼフィーネの会見に強い関心を持つ。
世間が注目するヨゼフィーネの会見が始まった。
まず司会者が、ヨゼフィーネが七元帥の一人であるビッテンフェルトの娘で、陛下の側近であるフェリックスの妻である事を紹介し、経歴を簡単に説明する。
その後、報道陣の代表としてベッカーが、ヨゼフィーネに質問を始める
「それではビッテンフェルト少佐、まずは確認させてください。レオンハルト皇子は、貴方と陛下との間に産まれた御子であるというのは、間違いないでしょうか?」
「はい、私とレオンハルト皇子は血縁関係があります」
ヨゼフィーネは、はっきりとした口調で答えた。
「レオンハルト皇子の御生母という事は、貴方と陛下は、子どもができる関係だったという事になりますが・・・」
「はい。・・・一度だけ、そのような関係になりました」
会場からざわめきが起こった。
初恋の女性であるマリアンヌと大恋愛で結ばれたアレクは、側室も置かず色めいた噂もなく真面目な皇帝と思われていた。その印象が強いだけに、その不釣り合いな出来事に、会場の報道陣から溜息のような声が漏れたのである。
「一部の報道で、貴方の御父上であるビッテンフェルト元帥が、ローエングラム王朝の後継者を得る為、娘を陛下に差し出したという見解もありますが、これについて貴方は、どのように思っていますか?」
「私が陛下の御子を身籠った事は、ビッテンフェルト家の意向ではありませんでした」
はっきり否定するヨゼフィーネから、父親のビッテンフェルトの知らぬところで、二人は関係を持ったという事が判明される。
「先ほど、陛下から<ビッテンフェルト元帥が、レオンハルト皇子の後見人になった>という発表がありましたが、これについてはどう思われましたか?」
「父がレオンハルト皇子の後見人になった情報は、こちらに帰ってきてすぐ夫から聞きました。父は陛下に『なんの力も持たぬ無位無官の祖父で良ければ!』という条件を出して、後見人を務める事を了承したそうです。それを聞いて、私は<父らしい>と感じました」
報道陣は、ヨゼフィーネの言葉に驚いていた。昨日のアレクの行啓で、ビッテンフェルトには皇帝から、貴族の称号と皇子の祖父として相応しい地位が下賜されたと思い込んでいたのである。ヨゼフィーネはこの会見で<ビッテンフェルトは、出世の為に娘を陛下にさし出した!>という世間の噂を打ち消し、父親の名誉を守ったのである。
「ではビッテンフェルト少佐、貴方と陛下との間におきた出来事を、御父上のビッテンフェルト元帥はどのように受け止めていたと思いますか?」
「当時、十五歳になったばかりで幼過ぎた私は、陛下の御子を身籠った事が受け入れがたく、自分の未来に対してとても恐怖心を抱きました。私の父や姉は、年若い私の妊娠に驚き、またお腹の子の父親が陛下であることにかなり動揺していました。ですが、私が体調を崩し入院までした為、まず私の体を回復させる方に専念していたという感じでした」
ベッカーは、当時、娘たちの事になると歯止めが効かなかったビッテンフェルトが、この出来事に対し王室になんのリアクションを起こさなかった事を疑問に思っていた。しかし、父親としてのその感情をだす余裕がないほど、当時のヨゼフィーネの状態が悪かった事を知り納得した。
「貴方自身は、レオンハルト皇子を身籠った事をどのように思っていましたか?」
ベッカーの質問に、真っすぐ前を見つめたヨゼフィーネが、会場にいる報道陣に告げる。
「それが、私の運命だったと思っています」
<運命>という言葉に驚く報道人を前に、ヨゼフィーネが更に続ける。
「私がそのように思っている理由は、亡くなった母の言葉にありました。私が妊娠初期に、精神的にも肉体的にも弱っていた頃、父から教えてもらった話です。父が亡くなった母と最期に交わした会話の中で、<同じ年頃の三人の男の子の孫たちに、父が囲まれている夢を見た・・・>と母から教えてもらったそうです。父は<その孫たちが、姉の産んだ甥たちと私のお腹の中にいる赤ん坊の三人なんだ!>と断言しました。又、<私が陛下の子を身籠もる事を、母は昔から知っていた。私のお腹の中にいる赤ん坊は、この世に生まれる運命なのだから、産むことを怖がらなくていい!>と、父は母の言葉を伝えて、私を勇気づけてくれました」
ヨゼフィーネの言葉を受けて、ベッカーが問い掛ける。
「あなたの御母上が亡くなったのは、いつ頃ですか?」
「母は、私が四歳のときに、病気で亡くなりました」
十年以上先の娘の未来を予想した母親の話に、記者たちが思わず顔を見合わせ不思議がる。しかし、ベッカーの質問が続いたので、再び二人のやり取りに注目する
「陛下が貴方の懐妊を知ったとき、どのような反応を示しましたか?」
「陛下に私が身籠った事は、親交があったミュラー元帥から伝えてもらいました。いつ話したのか、又そのときの陛下の様子などは、私は知りません。当時の私は、自分の事で精一杯でしたから・・・。今思えば、その頃の私は、マタニティーブルーになっていたと思います。しかし、安定期に入り胎動を感じるようになってからは、気持ちも落ち着き、お腹の中の赤ちゃんと会話を交わしたりするなど、とても満ち足りていました」
ヨゼフィーネが、当時の自分の妊娠の経過を報告する。
「貴方の産んだレオンハルト皇子が、両陛下の手元にきたのは、王室からの要請ですか?」
「いいえ、違います!」
ヨゼフィーネは即座に否定した。その言葉を受け、すかさずベッカーが問い掛ける。
「では、御父上であるビッテンフェルト元帥の指示ですか?」
「それも違います。レオンハルト皇子を皇妃さまに託す事を決めたのは、私自身です」
ヨゼフィーネは、自分の意志である事を主張する。
「陛下の御子を産んだ以上、王宮にその身を置くというのが一般的な考えかと思いますし、陛下も、それを望んでいたという話もありますが・・・」
ベッカーの質問は、無理もない事である。当時はビッテンフェルトでさえ、<今は無理でも、いずれヨゼフィーネは王宮で過ごす事になるだろう・・・>と覚悟していたくらいである。普通に考えれば、誰もがベッカーのように思うだろう。
ヨゼフィーネは少し首を振って否定するような仕草を見せたあと、質問に答えた。
「父は、私の進む道を私自身に決めさせてくれました。陛下も私の意志を尊重してくださいました」
はっきり告げるヨゼフィーネに、ベッカーが窺うように問い掛ける。
「王室に入って、ご自分の手でレオンハルト皇子を育てようとは思わなかったのですか?」
このベッカーの質問に、それまで反応よく答えていたヨゼフィーネが、少しばかり間をおいた。
確かにヨゼフィーネは、自分の手でレオンハルトを育てたいと思っていた。しかし、それは自分だけの子として育てるという意味で、王宮で過ごす事ではない。当時、アレクを激しく拒絶していたヨゼフィーネにとって、王宮に入ることなど考えられないことだったが、そのことをここで話すのは避けたかった。それに、<皇妃は、もう子どもが授からない>という事実を知ってからは、自分で育てるという想いを自身の中に閉じ込めている。
頭の中で当時の気持ちをまとめたヨゼフィーネが答えようとしたとき、ベッカーがある事に気が付いて思わずに告げる。
「質問を変えます!ビッテンフェルト少佐、貴方は、当時、極秘情報であった<皇妃はもう妊娠出来ない>という事実を知っていたのですね?だから、皇妃の事を想ってレオンハルト皇子を手放した・・・」
いきなり直球で投げかけてきたベッカーの質問に、ヨゼフィーネが否定も肯定もせず、別の言葉で答える。
「私は、お腹の子の・・・坊やの将来のついて考えたのです。若くて未熟な母親でしたが、坊やの幸せを願って、一番よい道を選択したつもりです」
ヨゼフィーネはそう答えたが、ベッカーをはじめ周囲はヨゼフィーネの様子から<当時の彼女は、皇妃の事情を知っていた。だから、皇妃の為に、自分で産んだ息子を手放す決意をしたのだ>と感じていた。
その後、ベッカーは「無理にお答えしなくてもいいですが・・・」と前置きしてからヨゼフィーネに訊いてきた。
「レオンハルト皇子を手放したことを、後悔しませんでしたか?」
「後悔はしていません。只、産まれたばかりのレオンハルト皇子を皇妃さまに託したあと、心のなかにぽっかりと穴が空いたような感じがして、その穴を埋めるのに時間がかかりました。周囲の思いやりや士官学校に入学するなどの新しい生活のなかで、少しづつ心の隙間を埋めていった・・・そんな感じでした。姉は私に『レオンハルト皇子は皇妃さまの子になる運命だった。只、普通の赤ちゃんと違って、レオンハルト皇子の母と子を結ぶ絆は二つに分かれて、私と皇妃さまの二人に繋がっていた・・・』と言って私を慰めてくれました。姉の言っていた通り、血のつながりがなくても、皇妃さまとレオンルト皇子は何もかもよく似ておられ、誰もが認める母と子になりました」
ヨゼフィーネの言葉に、ベッカーをはじめ会場にいる人々が納得したように頷く。
士官学校に入学したと言うヨゼフィーネの言葉を受けて、ベッカーが質問をする。
「貴方はなぜ、軍人の道を選んだのですか?」
「軍人なった理由に、レオンハルト皇子の存在があったのは確かです。ローエングラム王朝に尽くすという目的のため、自分に力をつけたくて軍人になりました」
ベッカーの質問が続く。
「レオンハルト皇子はローエングラム王朝の後継者として、将来は皇帝となるお方です。貴方はレオンハルト皇子の生母と公表された後も、軍人を続けるおつもりですか?」
「はい!夫は『軍服を着ているときの私が、一番輝いている』と言ってくれました。娘を出産した後も、彼が育児休暇をとって私の職場復帰に協力してくれました。私は、まだ軍服を脱ぐつもりはありません」
自信に満ちた表情で、誇らしげに伝えたヨゼフィーネであった。
「現在<いま>、貴方にとって、皇帝夫妻はどのような存在ですか?」
「陛下からは個人的に『レオンハルト皇子を通して、私と繋がりが出来た。そして、その繋がりを大切にしたい』というお言葉を頂きました。両陛下とも、何かと私や私の家族を気にかけてくださいます。そのお気持ちが、姉や義兄がいつも私にしてくれる心遣いと同じように感じられ、恐れ多いことですが、陛下や皇妃さまを、兄や姉のように思ってしまう事もあります。私も陛下と同じように、陛下と皇妃さま、そしてレオンハルト皇子との繋がりを大切にしたいと思っています」
更にベッカーが質問する。
「現在<いま>、レオンハルト皇子と貴方とは、どのような関係になっているのですか」
「レオンハルト皇子は、私と夫との間に生まれた娘を、妹としてとても可愛がってくださいます。只、娘は臣下の子として、身分をわきまえなければなりません。そのうえで、同じ母親を持つ妹としてレオンハルト皇子を支え、お互い信頼し合えるような関係でいて欲しいと願っています」
「ビッテンフェルト少佐、現在<いま>の貴方と王室との関わりが判りました。それでは、これで最後の質問とさせて頂きますが、差し支えなければ、貴方の今後の目標をお聞かせください」
ベッカーの最後の質問に、ヨゼフィーネが応じる。
「はい。私は今、士官学校の教官として、学生達と一緒に過ごしています。まだ未熟なので、学生達から学ぶ事も多いです。教官である私が日々鍛錬して自身を高め、ローエングラム王朝を守る優秀な軍人を育てる事が、今の私の目標となっています」
自分の目標を伝えたヨゼフィーネが、ベッカーに申し込む。
「私の方からも、最後に一言申し上げてよろしいでしょうか?」
ベッカーが頷き、改まって話し始めるヨゼフィーネに、記者たちも姿勢を正して神妙に構える。
「昔、私が産んだばかりのレオンハルト皇子を皇妃さまに託すと決めたとき、父から『二度と赤ん坊の母親とは名乗れない。赤ん坊は、もうビッテンフェルト家と関わりのない子となる!それでもいいのか?』と覚悟を見極められました。そのうえで手放したので、私はレオンハルト皇子とは、一生関わる事はできないと自分に言い聞かせて過ごしてきました。でも、陛下や皇妃さまの御厚意で、私は手放した息子と、再び交流を持つことが出来ました。言葉にできないほどの幸せを感じていますし、周囲の温かい配慮にも感謝しています。しかし、生母として私が公表されたとはいえ、レオンハルト皇子の母親は皇妃さまです。血のつながりより大事な魂の絆で結ばれているお二人を支えるのが、私の役目だと心得ています」
ヨゼフィーネが話し終えると、報道陣の一人から拍手の音が聞こえた。ヨゼフィーネと同じ世代と思われる若い女性が、目を潤ませながら、ヨゼフィーネを讃えたのである。
しかし、周囲の注目に気が付いたその女性は、自分の行動に気が付き、はっとした表情を見せたあと、真っ赤になって俯いてしまった。恐らく、ヨゼフィーネの会見に感動して無意識のまま拍手してしまったが、自分の報道人としてのプロ意識に欠ける行為に気が付き、恥じてしまったのだろう。
報道に携わる人間ならば、どんな出来事でも冷静に対応して、自分の感情を表面に出す事は控えるという習性ができている。特に、この会見は王室の公式の会見と言えるだけに、取材する方が感情的になるのは、殊更慎まなければならない。
長年王室の取材を担当して、充分その事を理解しているベッカーだが、俯いていた女性を庇うように自身も大きく拍手をした。それに呼応するように、あちこちから拍手が響いた。皆、本当は、この女性と同じようにヨゼフィーネを讃えたかったのである。
拍手が落ち着き、会場が静かになったところで、司会者が閉会の言葉を告げようとした。そのとき、不意にベッカーが割り込んできた。
「すいません!もう一つだけ、追加で質問させて下さい!これが本当に最後です」
「はい、どうぞ」
ヨゼフィーネが笑顔で応じる。
「今後、レオンハルト皇子にエルフリーデ嬢の他に、弟か妹ができるご予定はありますか?」
この質問は、さすがのヨゼフィーネにとっても予想外の質問だったらしく、驚いたように一瞬目を大きく見開いた後、今までとは違った表情になった。周囲も意表を突いたこの質問には目を丸くしていたが、すぐ興味深々になってヨゼフィーネの返答を待った。
言葉に詰まったヨゼフィーネは、ここで初めて会場の一番奥にいる夫に目を向けた。
ヨゼフィーネと目があったフェリックスは、少し照れくさそうに笑いながら、両手を挙げて大きな丸を作って、妻に(自分はOK!)という意思表示を示した。それを見たヨゼフィーネも、軽く笑いながら頷き、質問に応じる。
「その件は、コウノトリのご機嫌次第かと・・・」
少しばかり頬を染めて照れくさそうに言ったヨゼフィーネの返事に、周囲から笑みが零れ、会場が和やかになる。
改めて会見の閉会が告げられると、会場を警備していた学生の一人がおもむろに号令をかけた。
「ビッテンフェルト教官に対して敬礼!」
その声と同時に、その場にいる学生全員が姿勢を正し、一斉に挙手をしてヨゼフィーネに敬礼をする。それを見たヨゼフィーネも、口元に軽く微笑みを浮かべると、学生達の敬礼に対し挙手の答礼で応じた。
会場内にピシッと引き締まった空気が流れ、報道陣にも緊張感が漂う。
軍人らしい厳かな締めくくりを見せたあと、ヨゼフィーネが会場から退場する。
会場のスクリーンに、王室から提供された<レオンハルト皇子の生い立ち>の映像が流れ始め、人々が静かにそれを鑑賞する。
ふとフェリックスは、携帯にアレクからの連絡が入っている事に気が付いた。慌ててメールを確認した彼は、思わず吹き出していた。
<私はいつもご機嫌だぞ!>
アレクもフェリックスも、ヨゼフィーネがビッテンフェルトのように言葉を変化させて<コウノトリの・・・>と言った訳でない事は判っている。しかし、二人の間では昨日の話もあって、ついツボにハマったのである。
<続く>