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衝撃の黒澤映画「椿三十郎」

こどもの時観た映画は九割がた東映映画で、その八割が時代劇であった。市川右太衛門「旗本退屈男」であり、大友柳太郎「快傑黒頭巾」であり、中村錦之助「一心太助」など、いわゆるチャンバラ映画の全盛の頃である。主人公は剣術の達人でその殺陣はあくまでも華麗、舞うように人を斬る。たいてい金糸銀糸のはいったきらびやかな衣裳で、男でありながら顔はきれいに化粧していることがありあり、どんなに危ない目にあっても最後には正義の味方が勝つに決まっていたので安心して観られたものだ。
中学生だったと思うが、青森東宝で黒澤明監督、三船敏郎主演の「椿三十郎」を観たとき、私のそんな時代劇観は一気にこなごなになってしまったのだった。
ヒーロー椿三十郎は三十代後半の浪人もの。(なぜ歳がわかるかというと名前を聞かれて答えるセリフに「椿 三十郎……もうすぐ四十郎だが…」というのがある)小汚い汗じみた着物に乱暴に結われた髷(まげ)。顔はいかつく無精ひげでおおわれている。東映時代劇では敵役でもこんな汚いヤツはいなかったのに、眉間にしわをよせてズリッとあごを撫でたりするのがたまらなく良い。「たたっ斬る」というのがぴったりの暴力的な殺陣、実際牛肉なんかを刀で斬ったときの音を効果音にしたという「ドビッ」というリアルな音。映画のラスト、剣のライバル室戸半兵衛(仲代達也)との有名な決闘シーンでのふきだす大量の血。それらはすべて私の時代劇の標準・定番をくつがえすものであった。
それだけではない、もっとびっくりしたのは三十郎が事の成就のための口封じにその場にいあわせた数十人を全員斬ってしまう圧倒的な場面、さらにその殺戮のあと肩を大きく上下させ息を切らせていたリアリティだ。東映チャンバラでは正義の味方はそんな理不尽なことはしなかったし、どんな激しい立ち回りの後でも髪一筋乱れず涼しげに刀を鞘におさめていたのに。佐藤勝の迫力の音楽とともに(それも東映映画とは全然ちがう)映画そのものの概念すら変えさせられた衝撃の作品であった。
思えばそれが黒澤映画の初体験。これが実は名作「用心棒」の続編であることを知ったのは後のこと。「用心棒」も確かにおもしろいし感心もさせられる。評価もきっとこちらのほうが高いと思うが、先に観て大衝撃を受けてしまったせいか「椿三十郎」が個人的には印象が深くなってしまった。

まさに映像美に満ちた黒澤作品。
他に好きなものとして、やっぱりこれ完成度一番「七人の侍」、サスペンスの傑作「天国と地獄」、すぐれた色彩感覚と絵画的構図「影武者」の三作品を挙げる。

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