やきもち

 4月に入ってまもなく、ミュラーの執務室ではこんな会話が交わされていた。
「ミュラー、何か子供達に受けるような芸がないかな~」
「どうしたんですか?」
「今月の22日はルイーゼの誕生日だろう。そのとき何かしたいんだが・・・」


 ビッテンフェルトが目に入れても痛くないほど溺愛している愛娘ルイーゼは、もうすぐ6歳の誕生日を迎える。普段は忙しいビッテンフェルトだが、その日ばかりは何とか仕事をやりくりして休暇を取るようにしていた。
 ビッテンフェルトが、ルイーゼの誕生日に拘るのは理由があった。
 ルイーゼが生まれたときの様子を、ビッテンフェルトは知らない。初めて逢ったとき、もうルイーゼは生後半年を過ぎていたのだから仕方がないのだが、子煩悩のビッテンフェルトにはそれが耐えられなかった。
 しかし、生まれたことを知らなかったというのは紛れもない事実で、今更どうすることもできない。だから、そのことを補うかのように、その後のルイーゼの誕生日には必ず一緒に過ごすようにしていた。
 今のところ旨い具合に宇宙への遠征とも重ならず、毎年ルイーゼの誕生日には地上にいることができ、父としての希望は叶えられている。


「今年の誕生日もたくさんガキどもが集まるんだけど、何か喜ぶようなことがしたいと思って・・・。小さい頃は着ぐるみ姿だけで結構盛り上がったんだが、最近はそう受けなくなってな~」
 昨年迄のルイーゼの誕生会には、動物の着ぐるみを着たビッテンフェルトが、子供達の間を走り回っていた。
「ルイーゼの友達連中も、だんだん小生意気になって来て・・・。去年、兎の着ぐるみを着ていた俺に『このうさぎ、何か芸するの?』だもんな!」
「幼稚園も上のクラスになると、いろいろな事を覚えてきて単純な物では受けなくなってますからね~」
 子供のいないミュラーだが、僚友の子供達やアレク陛下の相手などでこの年頃の幼児の扱いは慣れていた。
「あの~、こんなのはどうでしょうか?」
 ミュラーは自分の机の引き出しから細長いペンシルバルーンを取り出し、一気に膨らませた。そして所々をキュキュと捻りながら、あっという間に犬のプードルを作り上げた。
「おお~」
 ビッテンフェルトはその鮮やかな手さばきに驚いていた。
「コツを覚えたら簡単に作れますし、犬の他に花やうさぎとかキリンなども作れますよ」
「それは凄い!」
 ビッテンフェルトのリクエストに応え、あっという間にミュラーの机の上には色とりどりの犬やウサギ、花などのバルーン作品が並んだ。
「よし、今回はこれにしよう!」
 ビッテンフェルトは、ルイーゼの誕生会に、この技を披露して盛り上げようと考えた。
「頑張って下さい」
「おう!しかし、ミュラー、お前って本当に進む道を間違えたな~。子供相手の仕事だったら、苦労せずに済んだのにな!」
 励ますミュラーにビッテンフェルトは茶化して応じる。帝国軍を司る軍務尚書であるミュラーは温和な微笑みを浮かべ、手に数々のバルーン作品を持ったオレンジ色の髪の僚友を見送った。


 その日から、ビッテンフェルトの執務室は<風船の間>と化した。
 ルイーゼの誕生日にみんなを驚かせたいと思っているビッテンフェルトは、家で練習するわけにもいかず、結局ここ執務室で特訓しているわけである。ブツブツ言いながら、バルーン相手に格闘している様子は不気味で、何より身内(黒色槍騎兵艦隊)以外誰にも見せたくない姿である。 
 できるだけ来客が来ないように願っていた幕僚達であったが、そんな時に限って普段は来ない御仁がくるものである。滅多に顔を見せることのないケスラー元帥が、書類を持って尋ねてきた。
「ビッテンフェルトはいるか?急ぎの用件があるんだが・・・」
 そのとき、そこにいた黒色槍騎兵艦隊の幕僚誰もが、心の中で悲鳴を上げていた。


 ケスラーは執務室に入った途端、机の周りにある大量の意味不明のバルーンに驚いたが、冷静沈着を誇る彼の表情に出ることはなかった。
「何をしているんだ?」
 ケスラーは、夢中になって何かを作っている僚友に尋ねた。
「おう、バルーンで犬を作っているんだ!」
「ほう、これが犬か?」
 ケスラーの持ったバルーンは団子の固まりといった感じで、お世辞にも犬とは言えない品物であった。
「ミュラーの奴、いとも簡単に作っていたが、やって見ると結構難しくてな」
 ビッテンフェルトが説明書片手に、キュキュと音を立てながらバルーンをねじった途端、「ぱん」と音を立てて割れてしまった。
「くそ!まただ。力加減が難しいな~」
「はは、さて、割れたところで仕事の話だ。この件についてだが・・・」
 ビッテンフェルトとケスラーの会話は、仕事の話へと移った。


 二時間後、仕事の件が解決すると、ビッテンフェルトはバルーンを膨らませて、又何かを作り始めた。
「ずいぶん、熱心だな!」
 その様子に、ケスラーは呆れたように問いかけた。
「ああ、早く覚えないと娘の誕生日に間に合わなくなるからな!誕生会のパーティで披露するつもりなんだ♪」
「相変わらずだな」
 ケスラーが苦笑いをする。
「お前んとこの坊主だって、すぐ興味を持つさ。子供ってこういうの好きだからな!お前も覚えておいて損はないぞ~」
(確かに、小さな子供が好きそうな物ではあるな・・・いや、うちの場合はどちらかと言えばマリーカの方が喜びそうだ・・・)
 一児の母になったとはいえ未だに少女趣味のところがあり、メルヘンチックな物を好む妻マリーカの笑顔を、ケスラーは思い浮かべた。しかし、すぐ自分の感情が顔に出るビッテンフェルトと違い、ケスラーはにやけることもなく「ああ、そのうちな」と、その場を後にした。



 今年のルイーゼの誕生会も、お友達がそれぞれに工夫を凝らした恒例の手作りのカードを持ち寄ってビッテンフェルト家を訪れていた。
 一人一人のカードを嬉しそうに開けて見るルイーゼに、ビッテンフェルトも嬉しそうである。
 招待した子供たちを、アマンダは手作りのケーキやお菓子、レモネード等でもてなした。<獅子の泉の七元帥>の一人でもあり国家の元勲と言われるビッテンフェルト家の一人娘の誕生会という割には質素ともいえるが、小さな子供達にはそんなことは関係のないことだった。
 みんながおやつを食べ終わる頃、庭で大きな声が響いた。驚いた子供達が庭の方を見てみると、顔を白塗りにして赤い鼻を着けたピエロ姿のビッテンフェルトが、バルーン片手に立っていた。
 そして、子供達の見ている前で、犬やウサギなどの動物を次々作って見せた。
「わあぁ~、すご~い!」
 子供達は、ピエロ姿のビッテンフェルトの魔法の手に感動したらしい。あっという間に集まってオレンジ色の髪のピエロを取り囲んだ。
(何か企んでいるとは思っていたけれど・・・)と、アマンダはビッテンフェルトのピエロ姿に半分呆れていた。だが、必死に練習したであろうその見事な技には感心していた。
 ピエロ姿のビッテンフェルトは、バルーンで大きなお花を作ると、今日の主役であるルイーゼに手渡した。
「誕生日、おめでとう!」
 ルイーゼは目を輝かせて「ファーター、ありがとう♪」と言って、零れんばかりの笑顔を見せた。
 それをきっかけに「私にも作って~」とルイーゼの友達が詰め寄り、ビッテンフェルトはリクエストに応えるため、せっせと作り始めた。いとも簡単に様々な動物や花を作るピエロに、子供達は夢中になって傍から離れなくなってしまった。
 初めは喜んでそれを見ていたルイーゼが、だんだんつまらなそうな素振りを見せ、しまいには難しい顔になってしまった。ビッテンフェルトは子供達の次々頼まれるリクエストのバルーンを作るのに夢中で、そんなルイーゼを見逃していた。アマンダは、娘が臍を曲げて来た原因に、察しがついていたが放っておいた。
 あっという間にお開きの時間となり、招待した子供達はたくさんのバルーン作品のお土産を手にして帰っていった。


「さあ、ルイーゼ、ファーターからのプレゼントだぞ~」
 赤鼻と白塗りの化粧を落とし、ピエロからいつもの姿に戻ったビッテンフェルトが、リビングのテーブルにリボンのついた大きな箱を置いた。
 娘が喜んで開けるのを待っていたビッテンフェルトに、ルイーゼはプンと頬を膨らませた顔で「ファーターの意地悪!」と怒って、二階の自分の寝室に駆け込んだ。
「えっ?えっ?」
 なんでルイーゼが怒っているのか解らないビッテンフェルトは、アマンダに助けを求めた。
「一体、ルイーゼはどうしたんだ?」
 アマンダはコーヒーを入れながら、ビッテンフェルトの疑問に答えた。
「自分の誕生日なのに、ピエロのあなたの方に、みんな注目して夢中になってしまったから・・・」
 娘の不機嫌の原因に気が付いたビッテンフェルトは「あっ、そうか!しまった~」と、頭を抱えてしまった。
「あと、もう一つ。こちらの理由の方が大きいかも・・・」
「えっ、俺はどんな失敗をしてしまったのだ?」
 悲壮感を漂わせた表情になったビッテンフェルトが、妻の次の言葉を待つ。
「いいえ、フリッツの失敗ではありません。ただ、いつも自分を見てくれるファーターが友達に付きっきりになって・・・、いわばやきもちを妬いたんですよ」
「はぁ?やきもち・・・」
「ルイーゼも、微妙なお年頃という事ですよ」
「・・・そうか・・・」
 ビッテンフェルトは、溜息をついてソファーに座り込んだ
「一人っ子のルイーゼには、いい経験ですよ。どうしても、親を独り占めする癖がついてますし・・・」
 アマンダはあっさり言って微笑んだが、ルイーゼに「意地悪」と言われたビッテンフェルトは、肩を落としてしょんぼりしていた。


 数分後、ビッテンフェルトは立ったり座ったり、うろうろと落ち着かなかった。そんな父親を後目に、アマンダは平然とコーヒーを飲んでいる。
 とうとう我慢できなくなったビッテンフェルトが「あの~、アマンダ・・・」と、縋るような目でアマンダを見つめた。アマンダは苦笑いしながら「では、ルイーゼの様子を見てきますね」と言って、落ち込んでいる父親の為、2階へと足を運んだ。


 アマンダが部屋に入ると、ルイーゼは自分のベットにチョコンと座って、下を向いていた。
「ルイーゼ、少しお話ししていい?」
 アマンダは娘の隣に座って話しかけた。
「今日の誕生会、たくさんお友達が来てくれてよかったわね」
 ルイーゼは黙って頷く。
「でもね、もし、来てくれたお友達が、ルイーゼの大好きなファーターを怖がったり嫌がったりしたら、ルイーゼはどう思う?」
「そんなの嫌!」
「では反対に、ファーターがルイーゼの大切なお友達を邪魔にしたり怒ったりしたら、どう?」
「悲しい・・・」
「そうね。だから、大好きな人同士が仲良くしてくれたら、嬉しいことよね」
「・・・・・・」
「ムッターは大好きなファーターと大切なルイーゼがいつも仲良しで、それを見ているととっても嬉しいんだけれど・・・」
「ルイもファーターとムッターが仲良しだと嬉しい。・・・ムッター、ファーターとお友達が仲良くしているのを見て怒ったルイは悪い子?」
「いいえ、ただルイーゼはちょっとやきもちを妬いただけなの」
「やきもち?」
「ええ、そうよ。大好きなファーターがルイーゼよりお友達に夢中になってしまったのが悲しかったんでしょう?」
「・・・うん」
「あのね、大人でもやきもちを妬くことはあるのよ」
「本当?」
「そうよ。だから、ルイーゼがやきもちを妬くのはかまわないけれど、ファーターに『意地悪』って怒ったのはどうかな?」
「・・・・・・」
「ファーター、しょんぼりしていたわよ」
「・・・ルイ、ファーターに謝ってくる」
「そうね」
 立ち上がったルイーゼが部屋のドアを開けた途端、ビッテンフェルトがなだれ込んできた。廊下にいてドアにへばり付いていたらしく、片方の頬から耳にかけて、ドアの模様がくっきり付いていた。
 突然ドアが開いたものだから、バランスを崩して前のめりに転んでしまったビッテンフェルトに、呆れるアマンダであった。
 予想外の出来事に驚いて言葉を失ったルイーゼが、振り返ってアマンダを見つめ助けを求めた。アマンダはそんなルイーゼに、(がんばれ!)と目で合図した。母親の優しい微笑みに後押しされて、娘は父親に話し始めた。


「・・・あのね、ファーター・・・『意地悪』って言ってごめんね」
 父親と同じ薄茶色の瞳を涙で潤ませて、ルイーゼは言葉を続けた。
「・・・ルイね、お友達にファーターを取られちゃったと思ったの・・・」
 半べそになった愛娘にビッテンフェルトは告げる。
「・・・ばかだな、誰もルイーゼからファーターをとる事はできないんだぞ!」
 自分と同じオレンジ色の髪のルイーゼの頭を、優しく撫でながらビッテンフェルトは言った。
「ファーターもちょっと反省しているんだ。目立ちすぎてルイーゼのお友達をとっちゃったって・・・。今日はルイーゼが主役の誕生会なのにな。ごめんよ・・・」
 首を左右に振って「ううん」と言いながら、ルイーゼは父親の胸に飛び込んできた。
「・・・ファーター大好き♪」
「ファーターもルイーゼが大好きだぞ♪」
 娘のふんわりした感触が、父の胸に伝わる。
「ファーターに、今日で一つ大きくなったルイーゼの泣きべそ顔じゃなくて、笑っている顔を見せておくれ」
 ルイーゼは父親に向かって、乳歯が抜け落ち大人の歯が見えてきた不揃いの前歯を覗かせ、にっこり笑って見せた。
 もし戦場でこの100万ボルトの笑顔を見てしまったら、数々の武勇伝を持つビッテンフェルトだが、たちまち戦意喪失となってしまうだろう。
「・・・さぁ、下に行ってプレゼントを開けよう!」
「はーい♪」
 すっかり機嫌が直って、弾むように階段を下りていく娘の後ろ姿を見て(あと十数年経ったら、俺の方がルイーゼを他の男に取られるって泣くんだろうな・・・)と、ビッテンフェルトは、そんな未来を想像してしまった。そして、その恐ろしさに思わず首を振った。


 その夜、ビッテンフェルト家のリビングは、父と娘で仲良く作ったカラフルなバルーン作品で足の踏み場も無いほどだった。いろんな種類の動物や花などに形取られたバルーンは、ビッテンフェルト家のほのぼのとした空気を含んで、ふわふわと揺れながら幸せそうな親子を取り囲んでいた。



 ビッテンフェルトの元帥府で仕事の打ち合わせをして以来、ケスラーは部下を帰らせて残業することが多くなった。気遣う部下に怪しまれないような言い訳をして繕い、一人になった薄暗い執務室で、説明書を見ながらバルーン作りの特訓をしていた。
 愛妻と愛息の笑顔を思い浮かべで、必死になってバルーンと格闘しているこの御仁の存在を、まだ誰も知らない・・・。


<END>

~あとがき~
1110番を踏んで下さった銀鈴さんのリクエストは、「幼稚園児となったルイーゼのお友達を招いてのお誕生会」という事でした。
私の頭の中には、銀英のかっこいいビッテンがいるのですが、書くと相変わらずの親ばかのビッテンになってしまいます(A^^;)
おまけに、ケスラー元帥まで巻き込んでいるし・・・(笑)
今回、ビッテンに着ぐるみを着せたり、ピエロ姿にさせたりと、すっかり遊んでしまいました(す、すいません・・・リク作品なのに・・・)
ちょっぴりやきもちを妬いてしまったルイーゼですが、父親の演出してくれたお誕生会は、よい思い出となったはずです。